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210916読んだ本【バカチンたち】

読書の厄介なところは、仏心に加えセールだと買ってしまうことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
「191026読んだ本&買った本」には「・・・『日本霊異記』は上368円、中488円、下688円(´・_・`)
『日本霊異記』は買う予定が全く無かったんだけど、新品同然の美品だというのに2~3週間前から
売れ残っているので、つい仏心で(´;ω;`)ウッ… セールって、怖いわ(ノ_-;)トホホ…」とある(@_@;)

【読んだ本(バカチンたち)】

中田祝夫(全訳注)『日本霊異記(上)』(講談社学術文庫,1978)所蔵本

読了(^o^)丿 『日本霊異記』の上巻を収録するが、28話(役小角の話)と30話(膳臣広国の話)は、
他の注釈書と照合したところ、ともに本文の一部に脱落(30話の方は結構な分量)があった(-ω-、)
『今昔物語集』は『日本霊異記』からパクッた説話が結構あり、そのことは本書も注記している(^^)
ただ、手元に『今昔物語集』が揃ってないので、その注記が全て正しいのか確認が出来なかったし、
他の注釈書も参照すると遺漏も幾つかあった(本当に遺漏か、他に遺漏が無いか、上記の理由で確認
は出来ず)(´・_・`) この同話・類話の注記も、13話の「『今昔物語集』巻十二の四十二話はこの説話
を基にしている。」の「巻十二」は巻二十の誤り、14話の「『今昔物語集』の二十五話はこの説話を
基にしている。」は巻二十が脱落(..) なお、馬淵和夫&国東文麿&稲垣泰一(校注・訳)『新編日本
古典文学全集37 今昔物語集③』(小学館,2001)に載る同話が結構あって目を通したけど、おおむね
『今昔物語集』の話は『日本霊異記』のソレに加筆して筋が通るようにしてある印象だが、中田祝夫
は各話の「解説」で「二つの作品を比較した時、霊異記の読みは直截で明快、『今昔物語集』のもの
よりすぐれた文章といえる。」(16話)、「文章は『今昔物語集』の方がとらえやすいが、霊異記の
方が素朴に心情が伝わってくる文章である。」(17話)と評しているのもあるし、また本書の23話は
『今昔物語集』巻20の31話の馬淵和夫&国東文麿&稲垣泰一・前掲書の頭注が「・・・『霊異記』の
ほうが迫力がある。圧巻の場面。」と評価するなど、文学的な価値は話によって異なるかもね(^_^;)
本書の語釈についてだが、上巻ラストの35話で、「練行の沙弥尼」を「修行を積んだ尼」と訳してる
点は(他の注釈書も同旨の訳ゆえ)結構だが、その語釈において「練行」を「修行修練をつみ重ねる
こと。」、「沙弥尼」を「尼僧。少女が出家し日も浅く、修行もさほどつまれていないもの。比丘尼
となれないもの。」としているのは、矛盾しているだろ(^_^;) また23話の「是れは難波の宮に宇御め
たまひし天皇のみ代に、学生に類せる人なりき。」を「このものは難波の宮で天下を治められた孝徳
天皇の御代、大学寮の学生ふうのものである。」と訳すのは良いとして、「類せる」の語釈の「類似
した。学生といったような人。事実学生であっても、軽蔑してこういったと見たい。」の最後の一文
は間違いヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!! 〈「学生」は、大学や国学で学ぶ者のことだが、孝徳天皇
の時代には、大学も国学もまだ無い。〉と出雲路修(校注)『新日本古典文学大系30 日本霊異記』
(岩波書店,1996)37頁の脚注10が指摘している通り( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚ 原田敏明&高橋貢(訳)『東洋
文庫97 日本霊異記』(平凡社,1967)47頁の「この人は孝徳天皇の御世に学生になった人である。」
という訳文、中田祝夫(校注・訳)『新編日本古典文学全集10 日本霊異記』(小学館,1995)81頁の
頭注12の「学生に似た程度のことをしていた。事実は学生であっても、軽蔑して言ったものか。」の
後半、多田一臣(校注)『日本霊異記 上』(ちくま学芸文庫,1997)171頁の語注の「瞻保は大学寮に
所属する正式な学生ではないが、儒教中心の学問を身につけた一応の知識人だったのだろう。・・・」
といった説明、どれも歴史をきちんと調べずに書かれ、いい加減ヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンドモガァ!!

・『日本霊異記』には、帝の好色譚が巻頭に置かれているという謎がある〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-09-13

・どうして膳臣広国の父は正月一日に猫になって御馳走を食べられたのか〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-09-14

・助けたのは四匹なのに恩返しに来たのは一匹の謎、また亀が頭を三べん下げた行為の意味は(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-09-05

・平凡社ライブラリーから2000年に再刊されてるけど、訳注加筆や本文修正はされてるのかな(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-09-10

・中田祝夫(全訳注)『日本霊異記(上)』(講談社学術文庫,1978)の語釈はチト変わってるね(^_^;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-26

・「この説話は・・・『古本説話集』・・・に掲載されて」ねーんだよヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2020-03-31

・『竹取物語』からの流れというより、某短篇小説の種本の仏教説話を探してたら目が留まった(^_^;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-07-21

・ちくま学芸文庫に収録時に宮元啓一『日本奇僧伝』(東京書籍,1985)は誤訳を改めたのかな(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-09-06

・役小角の説話での宮元啓一『日本奇僧伝』(東京書籍,1985)の「今日の学界の定説」が不審(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-25

・秦の始皇帝が「失敗」した話を借用することが修験道にとって「権威づけ」になるのかしら(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2017-02-22
タグ:古典 説話 歴史
コメント(6) 
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コメント 6

tai-yama

「練行の沙弥尼」は仏心で意訳すれば、"プロの初心者"と言う
ことかも(笑)。少女だから新品同然だし・・・・
by tai-yama (2021-09-16 23:42) 

ナベちはる

セールという響き、「魔物」が棲んでいますよね(+o+)
by ナベちはる (2021-09-17 01:34) 

yokomi

うーん、セールという言葉は魔の言葉ですね(>_<) でも買うなら、一度図書館で見てから買った方が良いようですね。バカチンを買わない為にも(^_^;)
by yokomi (2021-09-17 01:35) 

middrinn

〈ベテランの新人〉ですか(^_^;) 〈真面目でモテモテな
tai-yama様〉というぐらい形容矛盾・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;
by middrinn (2021-09-17 07:23) 

middrinn

セールと聞くだけで、心躍るものが、
ナベちはる様、ありますね(^_^;)
by middrinn (2021-09-17 07:25) 

middrinn

セールで本を見掛ける度に古本屋へ往復するのは無理なので、
yokomi様、普段から図書館で幅広くチェックですね(^_^;)
by middrinn (2021-09-17 07:26) 

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