けふもよむべし あすもよむべし
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デイリー版「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」なこともあるけど、文中敬称略ネタバレ防止主義の読書・本購入日誌(^^)
middrinn
2024-03-19T17:51:29+09:00
ja
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240319読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-19
そーゆー貴方はモチ読まれたんですよね(¬。¬ )と問い詰めたくなる時が結構あるC= (-。- ) フゥー【読んだ本】清水好子&森一郎&山本利達『源氏物語手鏡』(新潮選書,1975)所蔵本女子には漢詩文は「必ずしも必要ではない、むしろ敬遠すべきもの」(池田亀鑑)とされていたはずなのに「女房たち」が白居易(白楽天)の詩句を「知ってるし、朗詠したりなんかする」と言ってて「不審」と指摘(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06 )(@_@;) /唐の制度の模倣による律令制度の中では、男は漢詩文の専門的な教養が要求されたが、 女は必要としなかった。必要としなかったばかりでなく、たとえその教養があっても、 あらわに、表に出してはいけなかった。女も、漢詩文の世界に全然触れなかったわけでは ない。『長恨歌』などの漢詩文を題材にした屛風や物語、あるいは男たちの口ずさむ詩句 等を見たり聞いたりして、浅い知識を持つことはあった。『源氏物語』の中でも、わずか ながら漢詩文に関連のあることを女が口にするところがあるが、その内容は特別学んだ ものではあるまい。だが、皇后は特殊だったらしい。漢詩文の心得があることが皇后の 必要条件と考えられたようである。他の妃たちの上に位する見識をもつ上で必要だった のであろうか。・・・一条天皇の中宮彰子は、紫式部から『白氏文集』を学んでいる。 これも中宮の教養としてだったのだろう。しかし人に知られないようにこっそりと学んだ のである。/紫式部は、漢学者の父から兄が『史記』を学ぶのを傍[そば]で聞いて 兄より早く覚えたという。このように漢学者の娘は自然と漢詩文の教養が見につくことに なる。宮仕えに出る女房にはそういう者がかなりいたと思われる。/一条天皇の皇后定子 の女房だった清少納言は、『枕草子』の中で、詩文としては、『白氏文集』と『文選』、 それに博士の書いた申請文がいいといっているが、これくらいのものは読む女房がいた のであろう。・・・山本利達が執筆した本書の「Ⅲ 教養と学問」の「女と漢詩文」という節から引いたけど、「中宮」定子は自分の周りに「そういう者」たちを集めたということなのかなぁ(@_@;) ちなみに、岡村繁『新釈漢文大系97 白氏..
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middrinn
2024-03-19T17:51:29+09:00
【読んだ本】
清水好子&森一郎&山本利達『源氏物語手鏡』(新潮選書,1975)所蔵本
女子には漢詩文は「必ずしも必要ではない、むしろ敬遠すべきもの」(池田亀鑑)とされていたはず
なのに「女房たち」が白居易(白楽天)の詩句を「知ってるし、朗詠したりなんかする」と言ってて
「不審」と指摘(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06 )(@_@;)
/唐の制度の模倣による律令制度の中では、男は漢詩文の専門的な教養が要求されたが、
女は必要としなかった。必要としなかったばかりでなく、たとえその教養があっても、
あらわに、表に出してはいけなかった。女も、漢詩文の世界に全然触れなかったわけでは
ない。『長恨歌』などの漢詩文を題材にした屛風や物語、あるいは男たちの口ずさむ詩句
等を見たり聞いたりして、浅い知識を持つことはあった。『源氏物語』の中でも、わずか
ながら漢詩文に関連のあることを女が口にするところがあるが、その内容は特別学んだ
ものではあるまい。だが、皇后は特殊だったらしい。漢詩文の心得があることが皇后の
必要条件と考えられたようである。他の妃たちの上に位する見識をもつ上で必要だった
のであろうか。・・・一条天皇の中宮彰子は、紫式部から『白氏文集』を学んでいる。
これも中宮の教養としてだったのだろう。しかし人に知られないようにこっそりと学んだ
のである。/紫式部は、漢学者の父から兄が『史記』を学ぶのを傍[そば]で聞いて
兄より早く覚えたという。このように漢学者の娘は自然と漢詩文の教養が見につくことに
なる。宮仕えに出る女房にはそういう者がかなりいたと思われる。/一条天皇の皇后定子
の女房だった清少納言は、『枕草子』の中で、詩文としては、『白氏文集』と『文選』、
それに博士の書いた申請文がいいといっているが、これくらいのものは読む女房がいた
のであろう。・・・
山本利達が執筆した本書の「Ⅲ 教養と学問」の「女と漢詩文」という節から引いたけど、「中宮」
定子は自分の周りに「そういう者」たちを集めたということなのかなぁ(@_@;) ちなみに、岡村繁
『新釈漢文大系97 白氏文集 一』(明治書院,2017)の巻頭の「『白氏文集』解題」に「・・・現在
『白氏文集』七十一巻は、・・・収録する詩歌・文翰は長短篇を合わせて三千六百七十首にのぼる。
・・・」とあり(菅野禮行[校注・訳]『新編日本古典文学全集19 和漢朗詠集』[小学館,1999]に
『白氏文集』は「・・・約三千八百首(補遺を含む)・・・」と)、平安時代の日本に伝来したのは
70巻本だから、それよりは少ないとはいえ、「これくらいのもの」だなんてチト軽軽しいかと(^_^;)
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240318読んだ本&ついで
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-18
2階に本を3冊取りに行く場合でも1冊ずつ3回に分ける非合理的行動で健康維持( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚【読んだ本】轡田隆史『今日はどんな日?』(朝日文庫,1987)所蔵本 /謡曲『八島』で、源義経の怨霊は、「頃は元暦元年(一一八四)三月十八日の事 なりしに、平家は海の面一町ばかりに船を浮かめ。源氏はこの汀に……」と、源平 ・屋島の合戦を語る。/史実(元暦二年二月十九日)と年月日が違うのは奇怪だが、 柳田国男『三月十八日』[ママ]によると、この国でそれは普通の日ではない。 生没年不詳の柿本人麻呂も小野小町も、忌日がその日とされてきたのはなぜか。 ・・・ネットで読める佐伯有清の論文「柿本人麻呂伝説と観音信仰(上)」によると1927年発表の柳田国男の論文「目一つ五郎考」の中の〈・・・「三月十八日」という節・・・〉では和泉式部まで挙げられており、小生は聞いたこともない伝承ゆえ斯くメモったが、調べる気はナシオン主権C= (-。- ) フゥー【ついで】 日本古書籍商協会(ABAJ)が主催する国内最大の古書市「国際稀覯(きしょう)本 フェア2024」が東京交通会館(千代田区)の展示会場で開催中だ。/創立60年を 迎えるABAJフェアは2年に一度、開催され、今回の目玉は大河ドラマ「光る君へ」で 注目される「源氏物語」のコレクション。最高値は元和9(1623)年刊の全54冊で 2500万円という。/また、平安時代後期の公家・歌人の藤原俊成が建仁3(1203)年 に90歳になった祝賀の時に贈られた歌を子の定家らがまとめた巻物「俊成九十賀記」 の原本が初出展。テレビ東京の人気番組「なんでも鑑定団」鑑定士も務める「安土堂 書店」の八木正自(まさじ)代表(75)は「写本はこれまでにあったが、本物の原本 が出たのは今回が初めて」と解説する。価格は未定。/今回の展示会には古書、絵巻、 浮世絵など約3千点が出展された。「コロナ禍より人出が多い」(事務局)という。 開催は17日午前10時~午後4時。入場は無料。(森下香枝)昨日の朝日朝刊の〈「源氏物語」、初出展の巻物などお宝続々 国際稀覯本フェアが開催中〉という記事をネットからコピペしたけど、久保田淳(校注・訳)『建礼門院右京大夫集』(久保田淳[校注・訳]『新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 と..
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middrinn
2024-03-18T16:53:56+09:00
【読んだ本】
轡田隆史『今日はどんな日?』(朝日文庫,1987)所蔵本
/謡曲『八島』で、源義経の怨霊は、「頃は元暦元年(一一八四)三月十八日の事
なりしに、平家は海の面一町ばかりに船を浮かめ。源氏はこの汀に……」と、源平
・屋島の合戦を語る。/史実(元暦二年二月十九日)と年月日が違うのは奇怪だが、
柳田国男『三月十八日』[ママ]によると、この国でそれは普通の日ではない。
生没年不詳の柿本人麻呂も小野小町も、忌日がその日とされてきたのはなぜか。
・・・
ネットで読める佐伯有清の論文「柿本人麻呂伝説と観音信仰(上)」によると1927年発表の柳田国男
の論文「目一つ五郎考」の中の〈・・・「三月十八日」という節・・・〉では和泉式部まで挙げられ
ており、小生は聞いたこともない伝承ゆえ斯くメモったが、調べる気はナシオン主権C= (-。- ) フゥー
【ついで】
日本古書籍商協会(ABAJ)が主催する国内最大の古書市「国際稀覯(きしょう)本
フェア2024」が東京交通会館(千代田区)の展示会場で開催中だ。/創立60年を
迎えるABAJフェアは2年に一度、開催され、今回の目玉は大河ドラマ「光る君へ」で
注目される「源氏物語」のコレクション。最高値は元和9(1623)年刊の全54冊で
2500万円という。/また、平安時代後期の公家・歌人の藤原俊成が建仁3(1203)年
に90歳になった祝賀の時に贈られた歌を子の定家らがまとめた巻物「俊成九十賀記」
の原本が初出展。テレビ東京の人気番組「なんでも鑑定団」鑑定士も務める「安土堂
書店」の八木正自(まさじ)代表(75)は「写本はこれまでにあったが、本物の原本
が出たのは今回が初めて」と解説する。価格は未定。/今回の展示会には古書、絵巻、
浮世絵など約3千点が出展された。「コロナ禍より人出が多い」(事務局)という。
開催は17日午前10時~午後4時。入場は無料。(森下香枝)
昨日の朝日朝刊の〈「源氏物語」、初出展の巻物などお宝続々 国際稀覯本フェアが開催中〉という
記事をネットからコピペしたけど、久保田淳(校注・訳)『建礼門院右京大夫集』(久保田淳[校注
・訳]『新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 とはずがたり』[小学館,1999]所収)160頁
の歌番号356の頭注11には『俊成卿九十賀記』と『俊成九十賀和歌』が挙げられ、前者には「歌」は
載ってないようだが、〈贈られた歌を・・・まとめた巻物「俊成九十賀記」〉とはチト不審(@_@;)
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240317読んだ本【バカチン】
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-17
パンピーとは違ってオーラが出ていて他の事は記憶に残らなかったとか〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ【読んだ本】三木紀人『日本周遊古典の旅』(新潮選書,1990)所蔵本三木紀人(全訳注)『今物語』(講談社学術文庫,1998)は注釈がメチャ詳しくて梶原正昭&山下宏明(校注)『平家物語(一)』(岩波文庫,1999)が専門家のくせに見落としてる『平家物語』の重要な論文にも目配りしてるが(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-12 )、三木紀人(校注)『新潮日本古典集成 方丈記 発心集』(新潮社,1976)はバカチン2回(@_@;)三木紀人という研究者は、その著作によって出来不出来があるだけでなく、本書においては、出来の悪い院生に書かせたのかチョー頭の悪いことを述べてたり国文学が専門とは思えぬ間違いをしてる章もあるので、評価がマジ難しい(@_@;) で、今日の「閑院殿─建礼門院右京大夫集」の章は・・・ ・・・/『建礼門院右京大夫集』は、その[承安4=1174]年の元旦の回想記事から 始まる。作者は前年の冬に出仕したばかりとおぼしい。王朝文学を読みふけって来た 彼女は、宮廷へのさまざまな夢を抱いていたはずであるが、出仕してその夢は十分に 満たされ、特に宮中の元旦を初めて体験した時、感動は原点に達したようである。 雲のうへにかかる月日のひかり見る身の契りさへうれしとぞ思ふ 宮仕えして、月日にもたとえるべき中宮(徳子、後の建礼門院)と天皇(高倉院)を 見た感想について、心にのこったことを歌ったものである。体験そのもののうれしさは もとより、このような体験が用意された我が宿命までもが、うれしいという意である。 天皇は十四歳、中宮は二十歳、ともに若く、美しかった。そして、十八歳の右京大夫 自身も同様であるが、彼女は新参の女房として、つつましやかに二人を「物のとほり より見まゐらせて[=「通路の方からおみうけして」と糸賀きみ江(全訳注)『建礼門 院右京大夫集』(講談社学術文庫,2009)は訳]」至福の時間を持ったのである。/ この場所は、当時里内裏として使われていた閑院殿である。・・・ ・・・/右京大夫の回想にそって、この年が明けたばかりの閑院殿を想像すると、 あた..
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middrinn
2024-03-17T15:29:59+09:00
【読んだ本】
三木紀人『日本周遊古典の旅』(新潮選書,1990)所蔵本
三木紀人(全訳注)『今物語』(講談社学術文庫,1998)は注釈がメチャ詳しくて梶原正昭&山下宏明
(校注)『平家物語(一)』(岩波文庫,1999)が専門家のくせに見落としてる『平家物語』の重要な
論文にも目配りしてるが(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-12 )、
三木紀人(校注)『新潮日本古典集成 方丈記 発心集』(新潮社,1976)はバカチン2回(@_@;)
三木紀人という研究者は、その著作によって出来不出来があるだけでなく、本書においては、出来の
悪い院生に書かせたのかチョー頭の悪いことを述べてたり国文学が専門とは思えぬ間違いをしてる章
もあるので、評価がマジ難しい(@_@;) で、今日の「閑院殿─建礼門院右京大夫集」の章は・・・
・・・/『建礼門院右京大夫集』は、その[承安4=1174]年の元旦の回想記事から
始まる。作者は前年の冬に出仕したばかりとおぼしい。王朝文学を読みふけって来た
彼女は、宮廷へのさまざまな夢を抱いていたはずであるが、出仕してその夢は十分に
満たされ、特に宮中の元旦を初めて体験した時、感動は原点に達したようである。
雲のうへにかかる月日のひかり見る身の契りさへうれしとぞ思ふ
宮仕えして、月日にもたとえるべき中宮(徳子、後の建礼門院)と天皇(高倉院)を
見た感想について、心にのこったことを歌ったものである。体験そのもののうれしさは
もとより、このような体験が用意された我が宿命までもが、うれしいという意である。
天皇は十四歳、中宮は二十歳、ともに若く、美しかった。そして、十八歳の右京大夫
自身も同様であるが、彼女は新参の女房として、つつましやかに二人を「物のとほり
より見まゐらせて[=「通路の方からおみうけして」と糸賀きみ江(全訳注)『建礼門
院右京大夫集』(講談社学術文庫,2009)は訳]」至福の時間を持ったのである。/
この場所は、当時里内裏として使われていた閑院殿である。・・・
・・・/右京大夫の回想にそって、この年が明けたばかりの閑院殿を想像すると、
あたかも時が静止したかのごときのどかさ、さんさんと陽光のそそぐ御所などが
思い描かれよう。彼女の思い出の中の場面もあるいはそのようなものであったかも
しれない。しかし、右大臣としてその場にあった九条兼実の『玉葉』によると、
この日は朝から雨模様で、雨足にせきたてられたり遅滞したりして、一連の行事は
天候に左右されながらようやく行われた。時には雨が激しくなり、それを避ける
ために中門の下に雑人が充満して、貴族の通行もままならぬ事態もあった、外の
雨音と中の人々のざわめきとがあいまって、閑院殿は元旦ににつかわしくない騒音
が支配的であったかと思われる。右京大夫は天皇と中宮について「かかる月日」と
たとえたが、現実には月も日も、この一日、まったく光を見せなかったのである。
/・・・
この章は偽者ではなく本物の三木紀人みたいヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪ 『建礼門院右京大夫集』
は冒頭のはしがき(上記の歌&詞書の前)において、家集ではなく「・・・ふと心に浮かんだのを、
思い出されるままに、わたくしひとりの記録として書きおくのです。」と自己規定してて、「・・・
おおよそ歳月の流れに沿って自伝的日記的に綴ってゆく。・・・私家集としての性格と、日記文芸的
な性格とを併せもつ、稀有な作品となった。」と糸賀きみ江・前掲書も評しながら、糸賀きみ江は、
上記件について考証することなく、九条兼実の日記『玉葉』への言及も無ければ、閑院殿であること
すら指摘してない(@_@;) 久保田淳(校注・訳)『建礼門院右京大夫集』(久保田淳[校注・訳]
『新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 とはずがたり』[小学館,1999]所収)も同様だが、
村井順『建礼門院右京大夫集評解』(有精堂,1971→1988新装版)は次の歌の詞書の語釈で閑院殿は
指摘(@_@;) 「記録」「自伝的日記的」なら史料との照合もしろ!ヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
・三木紀人『日本周遊古典の旅』(新潮選書,1990)
①「外の浜」は「日本の極北を示す地」ではなく日本の極東を示す地だヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
「外の浜─御伽草子集(明石物語)」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-03-18
②『伊勢物語』第12段で同歌を詠んだのは「男」ではなく「女」の方だヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
「野火止─伊勢物語」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-03-19
③細かいミスあるも「西行の無智ゆえというより、実方が忘れられかけていたことの現れ」に感心(゚o゚;)
「笠島─新古今和歌集」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-03-29
④『大鏡』に出ている歌であって、『拾遺和歌集』のは初句等が異なるヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
「朗詠谷─和漢朗詠集」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-10-28
⑤藤原高光の『新古今和歌集』入集歌の「紅葉」は「多武峰が紅葉の名所」だなんて関係ないよ(^_^;)
「多武峰─大鏡」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-06-03
⑥『今昔物語集』が「一部の人以外に[は]知られ」ていなかったとは、チト意外だったね( ̄◇ ̄;)
「陸奥、そして胡国──今昔物語集」⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-06-17
⑦「立石寺──芭蕉文集(おくのほそ道)」は、歌枕の地で秀句を詠めず、歌枕ではない場所で有名
な句が生まれた「皮肉」を指摘(^^)⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-09-13
・三木紀人(校注)『新潮日本古典集成 方丈記 発心集』(新潮社,1976)
①「正暦六年(統理の没年)」とするが幽霊が道長を訪ねたと言うのかヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-06-24
②「誤り」なのは『源平盛衰記』『三国伝記』の「赤坂(三河の国府の近隣の宿)の遊女力寿」(^_^;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-06-25
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240316三日前に買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-16
見付けた時に買わなきゃダメだなと思わされたのが、昨年ある店の期間限定の古本コーナーにあった大原富枝の歴史小説『建礼門院右京大夫』(@_@;) 講談社文庫で表紙カヴァーが大昔のデザインのだったけど美品(@_@;) でも、小生的には高かったので買わず、数日後に思い直して街まで歩いて買いに行ったら無くなってた(@_@;) つい代わりに買っちゃったのは「知ったかぶりでデタラメ」な駄本屑本だった(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-07-17 )(@_@;)【三日前に買った本】糸賀きみ江(全訳注)『建礼門院右京大夫集』(講談社学術文庫,2009)13日に街まで歩き、ランチをし図書館で用(リクエスト本のその後を問い合わせ)を済ませた後に寄ったブックオフで見付けるも、1210円という値が相場的に高いのか安いのかが殻刑囚には判らず、歩いて帰宅して調べるとネット上の最安値よりは安く、美品だったから買うことにし、夕食後に再び街まで歩いて買ってきた(@_@;) 高倉天皇の中宮で安徳天皇の母の建礼門院(平清盛女の徳子)に仕えてた女房(藤原行成の子孫で藤原伊行女)の家集で、主に平資盛との恋愛で知られているけど、小生は(ある一点を除き)興味ナシオン主権(@_@;) この講談社学術文庫の他にも、日本古典全書(朝日新聞社)、日本古典文学大系(新日本古典文学大系に非ず)、岩波文庫、新潮日本古典集成、新編日本古典文学全集にまで入っている状況から、古典としての価値が高いのかなぁと思ってはいたけど(@_@;) 刊行状況は同じも、盗作将軍の家集は万葉バカによる需要を見込・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;ちなみに、本書は糸賀きみ江(校注)『新潮日本古典集成 建礼門院右京大夫集』(新潮社,1979)と糸賀きみ江『現代語で読む建礼門院右京大夫集 惜春と鎮魂の譜』(武蔵野書院,2002)の二著に対し「・・・加筆訂正などの編集注解の作業を試みたもの・・・」(本書の「凡例」)らしいね(@_@;) ・・・/また、「正妻」「於雪 土佐一条家の崩壊」「サン・フェリーペ号は来た」 などの歴史小説に、歴史が感じられないのも、作者が、女の生きかたに固執している せいにちがいない。つまり、大原の歴史小説では、歴史は、女の生の充足・燃焼を 妨害するものとしてしかあらわれないのである。/大原自身はこの..
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middrinn
2024-03-16T15:57:50+09:00
大原富枝の歴史小説『建礼門院右京大夫』(@_@;) 講談社文庫で表紙カヴァーが大昔のデザインの
だったけど美品(@_@;) でも、小生的には高かったので買わず、数日後に思い直して街まで歩いて
買いに行ったら無くなってた(@_@;) つい代わりに買っちゃったのは「知ったかぶりでデタラメ」
な駄本屑本だった(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-07-17 )(@_@;)
【三日前に買った本】
糸賀きみ江(全訳注)『建礼門院右京大夫集』(講談社学術文庫,2009)
13日に街まで歩き、ランチをし図書館で用(リクエスト本のその後を問い合わせ)を済ませた後に
寄ったブックオフで見付けるも、1210円という値が相場的に高いのか安いのかが殻刑囚には判らず、
歩いて帰宅して調べるとネット上の最安値よりは安く、美品だったから買うことにし、夕食後に再び
街まで歩いて買ってきた(@_@;) 高倉天皇の中宮で安徳天皇の母の建礼門院(平清盛女の徳子)に
仕えてた女房(藤原行成の子孫で藤原伊行女)の家集で、主に平資盛との恋愛で知られているけど、
小生は(ある一点を除き)興味ナシオン主権(@_@;) この講談社学術文庫の他にも、日本古典全書
(朝日新聞社)、日本古典文学大系(新日本古典文学大系に非ず)、岩波文庫、新潮日本古典集成、
新編日本古典文学全集にまで入っている状況から、古典としての価値が高いのかなぁと思ってはいた
けど(@_@;) 刊行状況は同じも、盗作将軍の家集は万葉バカによる需要を見込・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;
ちなみに、本書は糸賀きみ江(校注)『新潮日本古典集成 建礼門院右京大夫集』(新潮社,1979)と
糸賀きみ江『現代語で読む建礼門院右京大夫集 惜春と鎮魂の譜』(武蔵野書院,2002)の二著に対し
「・・・加筆訂正などの編集注解の作業を試みたもの・・・」(本書の「凡例」)らしいね(@_@;)
・・・/また、「正妻」「於雪 土佐一条家の崩壊」「サン・フェリーペ号は来た」
などの歴史小説に、歴史が感じられないのも、作者が、女の生きかたに固執している
せいにちがいない。つまり、大原の歴史小説では、歴史は、女の生の充足・燃焼を
妨害するものとしてしかあらわれないのである。/大原自身はこのことを十分承知
しているらしく、自分では歴史小説といっていないし、「いつの時代、いかなる人物
に素材を借りても、結局は自分を描くことしかできない」とも書いている。あくまでも、
女としていっぺん生きてみたい、というモチーフに固執しているわけだ。・・・
百目鬼恭三郎『現代の作家一〇一人』(新潮社,1975)の批評を読むと買えなくて良かったか(^_^;)
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240315読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-15
新古書店系の出品者というのはコンディション説明文がテンプレ・画一的で全く役に立たない上に、発行年や版・刷についての記載が無く、ちゃんと函や月報が付いてるのかどうかも判らん(ノ゚ο゚)ノ【読んだ本】萩谷朴『歴史366日 ─今日はどんな日─』(新潮選書,1989)所蔵本本書の3月15日の「わが国最初の靴工場開業」の項から少しばかり引用〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ 一八七〇年(明治三)。・・・鉄砲かついで草鞋ばきの官兵に、靴を履かせようと 考えた兵部大輔大村益次郎、多量の靴を外国に注文したが、横浜の運上所に着荷した 外国製の靴は、みんなサイズが大きくて日本人の足に合わない。・・・新井白石の「自題肖像(自ら肖像に題す)」の「五尺の小身渾[すべ]て是れ胆[たん]」について「小っちゃちっちゃチッチャちっチャチッちゃちッチャちっちゃくないよ!!と種島ぽぷらヾ(`◇´)ノ」と冒頭の枕に書いた上で「江戸時代の平均身長は低かったから、レトリックのような気も(^_^;)」と返信コメをして(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )、勝海舟の「今日までは男一匹と思ひしに五尺に足らぬししゃくなりとは」について〈白石のも海舟のも詩歌ですし、「五尺」は単なる定型表現(白石の「小身」も強調のためのレトリック)かと(^_^;) 実際に「五尺そこそこの小男」であることを示す文献があるのかもしれませんけど(^_^;) 〉と返信コメに書いた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-12 )(^_^;) 当時の人は「五尺(の)身」という(古)語の辞義そのままの体格だったのかな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
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middrinn
2024-03-15T16:55:03+09:00
発行年や版・刷についての記載が無く、ちゃんと函や月報が付いてるのかどうかも判らん(ノ゚ο゚)ノ
【読んだ本】
萩谷朴『歴史366日 ─今日はどんな日─』(新潮選書,1989)所蔵本
本書の3月15日の「わが国最初の靴工場開業」の項から少しばかり引用〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
一八七〇年(明治三)。・・・鉄砲かついで草鞋ばきの官兵に、靴を履かせようと
考えた兵部大輔大村益次郎、多量の靴を外国に注文したが、横浜の運上所に着荷した
外国製の靴は、みんなサイズが大きくて日本人の足に合わない。・・・
新井白石の「自題肖像(自ら肖像に題す)」の「五尺の小身渾[すべ]て是れ胆[たん]」について
「小っちゃちっちゃチッチャちっチャチッちゃちッチャちっちゃくないよ!!と種島ぽぷらヾ(`◇´)ノ」
と冒頭の枕に書いた上で「江戸時代の平均身長は低かったから、レトリックのような気も(^_^;)」と
返信コメをして(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )、勝海舟の
「今日までは男一匹と思ひしに五尺に足らぬししゃくなりとは」について〈白石のも海舟のも詩歌で
すし、「五尺」は単なる定型表現(白石の「小身」も強調のためのレトリック)かと(^_^;) 実際に
「五尺そこそこの小男」であることを示す文献があるのかもしれませんけど(^_^;) 〉と返信コメに
書いた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-12 )(^_^;) 当時の人は
「五尺(の)身」という(古)語の辞義そのままの体格だったのかな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
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240314読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-14
いつまでもあると思うな、古本も(@_@;) それにつけても金の欲しさよ(-ω-、) 1210円という値がネット上の最安値と比べると200円ぐらい安いことが判ったので、昨日は夕食後に再び街まで歩いて買ってきたけど、またやっちゃった感(ノ_-;)トホホ… 今は国会図書館でデジタル化されてるらしい古本を5000円で注文するかどうか悩んでる(@_@;) 未見も内容的には5000円の価値はありそう(@_@;)【読んだ本】駒田信二『漢詩名句 はなしの話』(文春文庫,1982)所蔵本今回(前回⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )のは、『文選』と『玉台新詠』の「古詩十九首」という「・・・作者も制作された年代もわからない民間歌謡ふうの詩・・・」の第一首の第七、八句である「胡馬は北風に依り、越鳥は南枝に巣[すく]う」(^_^;) ・・・/第七、八句の「胡馬」は北方の砂漠の胡の地で生れた馬、「越鳥」は南方の越 (今の浙江省)から来た渡り鳥。胡馬はいななくにも、故郷である北方から吹いてくる 風に向かっていななき、越鳥は巣をつくるにも、故郷の方角である南側の枝につくる、 というのが第七、八句の意味で、誰しも故郷を思い慕わない者はないという意をあらわ した詩句である。/・・・なお、第十一句の「浮雲白日を蔽[おお]い」は「・・・太陽を見ようと思っても雲にさえぎられて見えない。それほど遠くへ夫は行ってしまい、私の心は暗いという意・・・」の由、この句も汎用性ありそう_φ( ̄^ ̄ )メモメモ こないだ書店の岩波文庫の棚に『文選』が並んでたのに驚いた( ̄◇ ̄;)『玉台新詠』は、百目鬼恭三郎が紹介・言及していたので、『読書人読むべし』(新潮社,1984)、『風の文庫談義』(文藝春秋,1991)、『解体新著』(文藝春秋,1992)から順になるべく重複しないように引いておく(^_^;) ・・・/『玉台新詠』の題名の「玉台」は後宮美人の居所という意味で、梁時代の後宮 の美女が好んだ艶麗な詩体の作品を集めた詞華集である。唐詩、殊に盛唐の詩に慣れた 私たちにとって、粉黛の香が強すぎるのは閉口だが、これが六朝の詩の一特色なのだから 我慢して読むほかはない。・・・ /久しく品切れになっていた岩波文庫の『玉台新詠集』(鈴木虎雄訳解..
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middrinn
2024-03-14T17:24:50+09:00
ネット上の最安値と比べると200円ぐらい安いことが判ったので、昨日は夕食後に再び街まで歩いて
買ってきたけど、またやっちゃった感(ノ_-;)トホホ… 今は国会図書館でデジタル化されてるらしい古本
を5000円で注文するかどうか悩んでる(@_@;) 未見も内容的には5000円の価値はありそう(@_@;)
【読んだ本】
駒田信二『漢詩名句 はなしの話』(文春文庫,1982)所蔵本
今回(前回⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )のは、『文選』と
『玉台新詠』の「古詩十九首」という「・・・作者も制作された年代もわからない民間歌謡ふうの詩
・・・」の第一首の第七、八句である「胡馬は北風に依り、越鳥は南枝に巣[すく]う」(^_^;)
・・・/第七、八句の「胡馬」は北方の砂漠の胡の地で生れた馬、「越鳥」は南方の越
(今の浙江省)から来た渡り鳥。胡馬はいななくにも、故郷である北方から吹いてくる
風に向かっていななき、越鳥は巣をつくるにも、故郷の方角である南側の枝につくる、
というのが第七、八句の意味で、誰しも故郷を思い慕わない者はないという意をあらわ
した詩句である。/・・・
なお、第十一句の「浮雲白日を蔽[おお]い」は「・・・太陽を見ようと思っても雲にさえぎられて
見えない。それほど遠くへ夫は行ってしまい、私の心は暗いという意・・・」の由、この句も汎用性
ありそう_φ( ̄^ ̄ )メモメモ こないだ書店の岩波文庫の棚に『文選』が並んでたのに驚いた( ̄◇ ̄;)
『玉台新詠』は、百目鬼恭三郎が紹介・言及していたので、『読書人読むべし』(新潮社,1984)、
『風の文庫談義』(文藝春秋,1991)、『解体新著』(文藝春秋,1992)から順になるべく重複しない
ように引いておく(^_^;)
・・・/『玉台新詠』の題名の「玉台」は後宮美人の居所という意味で、梁時代の後宮
の美女が好んだ艶麗な詩体の作品を集めた詞華集である。唐詩、殊に盛唐の詩に慣れた
私たちにとって、粉黛の香が強すぎるのは閉口だが、これが六朝の詩の一特色なのだから
我慢して読むほかはない。・・・
/久しく品切れになっていた岩波文庫の『玉台新詠集』(鈴木虎雄訳解・全三冊)が
復刊されたので、早速買ってきた。この本のように読者層が限られた文庫本は、売り
尽すとそれぎりで、入手できなくなるおそれがある。『玉台新詠集』の注釈は、ほかに
新釈漢文大系本(内田良之助訳注・全二冊)があるが、こちらは九千円以上もするから、
失費の差は大きい。・・・/『玉台新詠集』などは、買ったからといって、すぐ頭から
読んでゆくというような代物ではない。周知のように、これは六朝・梁の簡文帝が徐陵
に命じて編纂させた詩選集で、漢から梁に至る、男女の恋情をうたった詩ばかりを集め
ている。ここにくりひろげられている艶麗嫋々たる感情は、私などにはちょっとついて
いけないものがある。少しずつ読みならしてゆくほかなさそうだ。/・・・
・・・岩波文庫の復刊・重版本は発行部数が少ないのか、すぐ品切れになるきらいが
ある。漢魏六朝の情詩集成『玉台新詠集』などは、重版されるつどすぐ店頭から姿を
消してしまうから、出次第すぐ買っておかないとまた何年も待たされるはめになる。
/・・・
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240313買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-13
そんなのブックオフで110円で買えるじゃん!と笑いたければ笑いなさいオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)2月28日に図書館にリクエストした資料が確保どころか手配中にもならないので不審に思ってて、今日カウンターで訊くと調べる由、3時間後に電話があり、職員が手続してなかったらしい(^_^;)購入することに決めたので夕食後に再び街のブックオフまで歩いて往復オホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)【買った本】駒田信二『「論語」その裏おもて』(徳間文庫,1989)「もったいない本舗 楽天市場店」で「良い」255円(送料無料)を20p使って235円で10日注文し追跡不可能ゆうメールで13日届く(^^) 中まで焼けてて、なにわのブラックダイヤモンド橋本梨菜も裸で逃げ出しそ・・ヘ(__ヘ)☆\(^^; 表紙カヴァーは下部が気付くか気付かない程度にちょっとだけ破れてはいるもののキレイな方だし、書き込みは見当たらないので、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿ブックオフ等で110円で手に入る類いの本だが、例によってカレンダー目当てに注文した次第(^_^;)巻末に1977年5月に主婦の友社から刊行された旨の記載はあるけど、1985年に出てる旺文社文庫版の存在については触れてない(^_^;) 第一章 塞翁が馬──序にかえて 第二章 不可なれば則[すなわ]ち止む 1 武士道──日本的思考のナンセンス 2 中国人の雄大な「時間」観念 3 日本型「三」の思想と中国型「四」の思想 4 「天命」に従った「革命」 5 中国式・堂々たる保身術 第三章 沽[う]らん哉、沽らん哉 1 苟[いやし]くも我を用うる者あらば 2 たとえ、反逆者であったも仕えるのか 3 君臣の条件 4 「礼」は社会秩序の原理 5 「徳治」では治まらぬ現実 6 失意の放浪 7 捨てきれぬポーズ 8 「大理想」と「小理想」 第四章 鮮[すくな]いかな腎[じん]──論語にまつわる笑話 1 居眠りしても、周公の夢を見る 2 孔子も人の子 3 落語「厩火事」 4 「先生腎虚して不善をなす」 5 羊泥棒、父っさんだ、父っさんだ 第五章 賢者は世を辟[さ]く──孔子と隠者 1 孔子の隠棲願望 2 努力を放棄しない姿──孔子と魯..
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middrinn
2024-03-13T19:43:36+09:00
2月28日に図書館にリクエストした資料が確保どころか手配中にもならないので不審に思ってて、
今日カウンターで訊くと調べる由、3時間後に電話があり、職員が手続してなかったらしい(^_^;)
購入することに決めたので夕食後に再び街のブックオフまで歩いて往復オホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)
【買った本】
駒田信二『「論語」その裏おもて』(徳間文庫,1989)
「もったいない本舗 楽天市場店」で「良い」255円(送料無料)を20p使って235円で10日注文し
追跡不可能ゆうメールで13日届く(^^) 中まで焼けてて、なにわのブラックダイヤモンド橋本梨菜も
裸で逃げ出しそ・・ヘ(__ヘ)☆\(^^; 表紙カヴァーは下部が気付くか気付かない程度にちょっとだけ
破れてはいるもののキレイな方だし、書き込みは見当たらないので、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿
ブックオフ等で110円で手に入る類いの本だが、例によってカレンダー目当てに注文した次第(^_^;)
巻末に1977年5月に主婦の友社から刊行された旨の記載はあるけど、1985年に出てる旺文社文庫版の
存在については触れてない(^_^;)
第一章 塞翁が馬──序にかえて
第二章 不可なれば則[すなわ]ち止む
1 武士道──日本的思考のナンセンス
2 中国人の雄大な「時間」観念
3 日本型「三」の思想と中国型「四」の思想
4 「天命」に従った「革命」
5 中国式・堂々たる保身術
第三章 沽[う]らん哉、沽らん哉
1 苟[いやし]くも我を用うる者あらば
2 たとえ、反逆者であったも仕えるのか
3 君臣の条件
4 「礼」は社会秩序の原理
5 「徳治」では治まらぬ現実
6 失意の放浪
7 捨てきれぬポーズ
8 「大理想」と「小理想」
第四章 鮮[すくな]いかな腎[じん]──論語にまつわる笑話
1 居眠りしても、周公の夢を見る
2 孔子も人の子
3 落語「厩火事」
4 「先生腎虚して不善をなす」
5 羊泥棒、父っさんだ、父っさんだ
第五章 賢者は世を辟[さ]く──孔子と隠者
1 孔子の隠棲願望
2 努力を放棄しない姿──孔子と魯迅
3 隠者に頭の上がらなかった孔子
4 「仕える」べきか、「仕えざる」べきか
5 硬直した日本的思考──「正直」に関して
6 孔老会見譚──老子は孔子の師か
第六章 牝鶏晨[とき]をつくる──孔子と女性
1 女子と小人は養い難し
2 殷を滅亡に追い込んだ女
3 女性恐怖に由来する「三従の義」
4 糟糠の妻は堂より下さず
5 美食、女色に対する孔子
6 逃げまどう恐妻家たち
7 強すぎる女を抑えるための躾
第七章 紫の朱を奪うを悪[にく]む──孔子の変革への志
1 憎むべし、似而非君子
2 「狂」のふくむ意味
3 愛弟子・子路──その「狂狷」
4 愛弟子・顔淵──その「中行」
5 「聖人」でしかなかった孔子
6 陽明学の源流──「狂」の思想
第八章 論語読みの論語知らず──跋にかえて
論語章句引用索引
解説 清水信
表紙カヴァーの紹介文に「・・・だが、孔子を《聖人》とみなした従来の伝統的な『論語』の読み方
には多くの誤解があるのだ。本書は、理想と現実の狭間に悩みながらも、正しき道を求めてやまない
孔子を、歴史の中に描いている。・・・」とあるが(@_@;) 笑話は駒田信二の本で読んだな(^_^;)
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240312読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-12
「さて、講談社学術文庫版は、語釈と解説が充実していますが、やや詳しすぎます。語釈を無くし、もっと一般の読書人が読みやすくなる構成で、出してほしいです。」と書いてた御仁、本文(原文)も語釈も飛ばして現代語訳だけ読んで読破したつもりになってるのかな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ【読んだ本】奈良本辰也ほか『日本史こぼれ話 3』(角川文庫,1983)所蔵本 歌の力 勝海舟は子爵にしてやると言われて、 今日までは男一匹と思ひしに 五尺に足らぬししゃくなりとは と詠んで、伯爵につりあげた。爵位は、公、侯、伯、子、男の序列で、 伊藤博文も黒田清隆も、まだ伯爵だったときの話である。 俗説は恐い 海舟は歌の力で伯爵になったという前掲の話は、実によくできた デタラメである。/本当は、ある人が伯爵受爵の祝いに来たのだが、 なぜか子爵になったのだと感違い[ママ]をしていて、/「このたびは 子爵におなりになって……」/と口上を述べたので、「四尺」になった わけではないのだよと、しゃれてみせたのである。新井白石の「自題肖像(自ら肖像に題す)」の「五尺の小身渾[すべ]て是れ胆[たん]」について「小っちゃちっちゃチッチャちっチャチッちゃちッチャちっちゃくないよ!!と種島ぽぷらヾ(`◇´)ノ」と冒頭の枕に書いた上で「江戸時代の平均身長は低かったから、レトリックのような気も(^_^;)」と返信コメントもしたけど(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )、手元にあった勝海舟(勝部真長編)『氷川清話 付 勝海舟伝』(角川文庫,1972)の巻末の勝部真長「勝海舟伝」を披いたら「・・・海舟は五尺そこそこの小男であったが、・・・」とあるね(@_@;)『大辞林』第一版第一刷の「五尺」の項が小項目として挙げる中に「五尺の体」=〈「五尺の身」に同じ。〉、「五尺の身」=「人のからだ一つ。五尺の体。」、「五尺の童子」=「一二、三歳の子供。また、子供一般。五尺の童[わらべ]。」等があり、この説明だと「一二、三歳の子供」で約150cmと勘違いしそうだけど、守随憲治&今泉忠義&松村明(監修)『旺文社古語辞典 〔改訂新版〕』(旺文社,1965→1969)の「五尺」の項も「五尺身」「五尺身体[からだ]」とともに..
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middrinn
2024-03-12T16:52:44+09:00
もっと一般の読書人が読みやすくなる構成で、出してほしいです。」と書いてた御仁、本文(原文)
も語釈も飛ばして現代語訳だけ読んで読破したつもりになってるのかな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
【読んだ本】
奈良本辰也ほか『日本史こぼれ話 3』(角川文庫,1983)所蔵本
歌の力
勝海舟は子爵にしてやると言われて、
今日までは男一匹と思ひしに
五尺に足らぬししゃくなりとは
と詠んで、伯爵につりあげた。爵位は、公、侯、伯、子、男の序列で、
伊藤博文も黒田清隆も、まだ伯爵だったときの話である。
俗説は恐い
海舟は歌の力で伯爵になったという前掲の話は、実によくできた
デタラメである。/本当は、ある人が伯爵受爵の祝いに来たのだが、
なぜか子爵になったのだと感違い[ママ]をしていて、/「このたびは
子爵におなりになって……」/と口上を述べたので、「四尺」になった
わけではないのだよと、しゃれてみせたのである。
新井白石の「自題肖像(自ら肖像に題す)」の「五尺の小身渾[すべ]て是れ胆[たん]」について
「小っちゃちっちゃチッチャちっチャチッちゃちッチャちっちゃくないよ!!と種島ぽぷらヾ(`◇´)ノ」
と冒頭の枕に書いた上で「江戸時代の平均身長は低かったから、レトリックのような気も(^_^;)」と
返信コメントもしたけど(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-27 )、
手元にあった勝海舟(勝部真長編)『氷川清話 付 勝海舟伝』(角川文庫,1972)の巻末の勝部真長
「勝海舟伝」を披いたら「・・・海舟は五尺そこそこの小男であったが、・・・」とあるね(@_@;)
『大辞林』第一版第一刷の「五尺」の項が小項目として挙げる中に「五尺の体」=〈「五尺の身」に
同じ。〉、「五尺の身」=「人のからだ一つ。五尺の体。」、「五尺の童子」=「一二、三歳の子供。
また、子供一般。五尺の童[わらべ]。」等があり、この説明だと「一二、三歳の子供」で約150cm
と勘違いしそうだけど、守随憲治&今泉忠義&松村明(監修)『旺文社古語辞典 〔改訂新版〕』
(旺文社,1965→1969)の「五尺」の項も「五尺身」「五尺身体[からだ]」とともに「五尺童子」
を載せていて、「こども。中国で、周の時代には八寸(=約二十一センチメートル)を一尺としたの
でいう。」と説明されてる(⌒~⌒) やはり語釈は「詳しすぎ」るぐらいがいいわなC= (-。- ) フゥー
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240311買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-11
確定申告で還付された分だけ去年は税金が上がったから、額は増えたけど今年も糠喜びかも(@_@;)去年より更に早く出て開場時間の65分前に着いても10番目(+_+) 担当者が気を利かせてくれて今年は途中から建物内で待てたし、入場してから殻刑囚という被差別民は少数民族だからか受付用紙記入後は椅子に座らされて9時の開始を待てた(^_^;) 今年も打ち込んでもらい、4桁と思っていたe-TAXの暗証番号も8桁だったけど一発的中も、「手引き」に出ている「計算書」が税務署には無いねとつい漏らしたら、HPに出てる由、その印刷したのを貰ったりしたためにロスしたが、9時18分終了(^_^;)帰りも街から歩いて帰宅したけど、無事に済んだとはいえ何だかんだで今日はマジ疲れた(´ヘ`;)【買った本】つのだじろう『5五の龍 ③』(中公文庫コミック版,1995)「もったいない本舗 楽天市場店」で「良い」335円(送料無料)を5日注文し追跡不可能ゆうメールで11日届く(^^) 天・小口・地が少~しだけ黒っぽくなってるけど、なにわのブラックダイヤモンド橋本梨菜に比べりゃ白いし、書き込み無く表紙カヴァーも美品ゆえ、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿「九段 田中寅彦」の「真のプロフェッショナルを目指す少年を描いた本」を巻末に収録、その一部が表紙カヴァーに引かれ、末尾に「日本将棋連盟推薦図書」の文字が添えられた「本格将棋まんが」である(^^) 同稿に〈・・・/「少年キング」に連載された当時、一般の人にはあまり知られていなかった将棋界の仕組みをわかりやすく描き、少年たちに爆発的な人気を呼びました。日本将棋連盟の奨励会入試にも多数の少年たちが押しよせ、その影響の絶大さは、従来行われていた試験方法が変更のやむなきに到ったことでも明らかです。・・・〉(゚ロ゚;) 「焦点の歩に好手あり」「三歩あったら継ぎ歩攻め」等の「将棋の格言」が説明なしに最下部のコマに出てる頁もあるのは本巻も同じ(^_^;) 虎斑桂が三連勝した結果、その対戦相手たちは同じ一門の兄弟子たちから罵倒されまくってた(゚o゚;) おれなんか奨励会にいたころ 女流の蛸島さんに一度負けたら… 兄弟子にボウを持って追いかけまわされたことがある!
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middrinn
2024-03-11T16:54:39+09:00
去年より更に早く出て開場時間の65分前に着いても10番目(+_+) 担当者が気を利かせてくれて今年は
途中から建物内で待てたし、入場してから殻刑囚という被差別民は少数民族だからか受付用紙記入後
は椅子に座らされて9時の開始を待てた(^_^;) 今年も打ち込んでもらい、4桁と思っていたe-TAXの
暗証番号も8桁だったけど一発的中も、「手引き」に出ている「計算書」が税務署には無いねとつい
漏らしたら、HPに出てる由、その印刷したのを貰ったりしたためにロスしたが、9時18分終了(^_^;)
帰りも街から歩いて帰宅したけど、無事に済んだとはいえ何だかんだで今日はマジ疲れた(´ヘ`;)
【買った本】
つのだじろう『5五の龍 ③』(中公文庫コミック版,1995)
「もったいない本舗 楽天市場店」で「良い」335円(送料無料)を5日注文し追跡不可能ゆうメール
で11日届く(^^) 天・小口・地が少~しだけ黒っぽくなってるけど、なにわのブラックダイヤモンド
橋本梨菜に比べりゃ白いし、書き込み無く表紙カヴァーも美品ゆえ、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿
「九段 田中寅彦」の「真のプロフェッショナルを目指す少年を描いた本」を巻末に収録、その一部
が表紙カヴァーに引かれ、末尾に「日本将棋連盟推薦図書」の文字が添えられた「本格将棋まんが」
である(^^) 同稿に〈・・・/「少年キング」に連載された当時、一般の人にはあまり知られていな
かった将棋界の仕組みをわかりやすく描き、少年たちに爆発的な人気を呼びました。日本将棋連盟の
奨励会入試にも多数の少年たちが押しよせ、その影響の絶大さは、従来行われていた試験方法が変更
のやむなきに到ったことでも明らかです。・・・〉(゚ロ゚;) 「焦点の歩に好手あり」「三歩あったら
継ぎ歩攻め」等の「将棋の格言」が説明なしに最下部のコマに出てる頁もあるのは本巻も同じ(^_^;)
虎斑桂が三連勝した結果、その対戦相手たちは同じ一門の兄弟子たちから罵倒されまくってた(゚o゚;)
おれなんか奨励会にいたころ 女流の蛸島さんに一度負けたら…
兄弟子にボウを持って追いかけまわされたことがある!
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240310読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-10
羊さんの鳴き声が「命ェ~命ェ~」と聞こえてくるように(-ω-、) ♪ドナドナド~ナ~ド~ナ~【読んだ本】森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本 あはれあはれひまゆく駒ははやくして羊のあゆみのこりすくなき ああほんとうに、時のたつのは早くて、わたしも余命すくなくなったことよ。林マリヤが記している本書の「あとがき」によると、「平成四年[1992年]十一月中ば」に「癌研の病院にお見舞した」際に「校正のお手伝いをしましょうか。」と申し出たところ、〈・・・喜ばれて「持つべきものは友だわ。」と私の手を握られた。〉由、「しかし、初稿[ママ]も出ないうちに、十二月十七日に先生は亡くなった。」そうで、森本元子もこの歌のような心境だったのかも(-ω-、)「隙[ひま]ゆく駒」とは「隙間を馬が通り過ぎるのが瞬時であることにたとえて年月の早く過ぎること。・・・」で『荘子』と『史記』、「羊のあゆみ」は「屠所にひかれる羊の歩みのことで、死の近づくことのたとえ。・・・」で『摩訶摩耶経』*、それぞれから典拠とされる件を本書は引く(^^)これらの語を用いている歌を本書は挙げてたので確認すると、「ひまゆく駒」を用いている歌では、二条院参川内侍「いかで我」で片野達郎&松野陽一(校注)『新日本古典文学大系10 千載和歌集』(岩波書店,1993)は『荘子』のみも上條彰次(校訂)『和泉古典叢書8 千載和歌集』(和泉書院,1994)は『荘子』と『史記』、大納言隆季「新しき」で久保田淳『新古今和歌集全注釈 二』(角川学芸出版,2011)は『荘子』と『史記』を挙げてて、「羊のあゆみ」を用いている歌では、赤染衛門「けふもまた」で片野達郎&松野陽一・前掲書は『涅槃経』迦葉菩薩品、上條彰次・前掲書は〈「羊の歩み」については、一考を要する。・・・摩耶経は大蔵経を検しても「牛」とのみであり、それを引く往生要集の諸本も「牛」。歌学書類で「羊」とするのは、涅槃経に「如囚趣市歩歩近死、如牽牛羊詣於屠所」とあることなどによるか。・・・〉などと記してる(@_@;) ちなみに、この赤染衛門の作とされて『千載和歌集』に入っている「けふもまた午[うま]の貝こそ吹きつなれひつじの歩み近づきならん」という誹諧歌は、「今日もまた午の時を報せる法螺貝を吹くのが聞える。屠所に引かれる羊の歩みのように寿命が刻々と消滅して、その死の時が近づいたようだ..
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middrinn
2024-03-10T16:33:29+09:00
【読んだ本】
森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本
あはれあはれひまゆく駒ははやくして羊のあゆみのこりすくなき
ああほんとうに、時のたつのは早くて、わたしも余命すくなくなったことよ。
林マリヤが記している本書の「あとがき」によると、「平成四年[1992年]十一月中ば」に「癌研の
病院にお見舞した」際に「校正のお手伝いをしましょうか。」と申し出たところ、〈・・・喜ばれて
「持つべきものは友だわ。」と私の手を握られた。〉由、「しかし、初稿[ママ]も出ないうちに、
十二月十七日に先生は亡くなった。」そうで、森本元子もこの歌のような心境だったのかも(-ω-、)
「隙[ひま]ゆく駒」とは「隙間を馬が通り過ぎるのが瞬時であることにたとえて年月の早く過ぎる
こと。・・・」で『荘子』と『史記』、「羊のあゆみ」は「屠所にひかれる羊の歩みのことで、死の
近づくことのたとえ。・・・」で『摩訶摩耶経』*、それぞれから典拠とされる件を本書は引く(^^)
これらの語を用いている歌を本書は挙げてたので確認すると、「ひまゆく駒」を用いている歌では、
二条院参川内侍「いかで我」で片野達郎&松野陽一(校注)『新日本古典文学大系10 千載和歌集』
(岩波書店,1993)は『荘子』のみも上條彰次(校訂)『和泉古典叢書8 千載和歌集』(和泉書院,
1994)は『荘子』と『史記』、大納言隆季「新しき」で久保田淳『新古今和歌集全注釈 二』(角川
学芸出版,2011)は『荘子』と『史記』を挙げてて、「羊のあゆみ」を用いている歌では、赤染衛門
「けふもまた」で片野達郎&松野陽一・前掲書は『涅槃経』迦葉菩薩品、上條彰次・前掲書は〈「羊
の歩み」については、一考を要する。・・・摩耶経は大蔵経を検しても「牛」とのみであり、それを
引く往生要集の諸本も「牛」。歌学書類で「羊」とするのは、涅槃経に「如囚趣市歩歩近死、如牽牛
羊詣於屠所」とあることなどによるか。・・・〉などと記してる(@_@;) ちなみに、この赤染衛門
の作とされて『千載和歌集』に入っている「けふもまた午[うま]の貝こそ吹きつなれひつじの歩み
近づきならん」という誹諧歌は、「今日もまた午の時を報せる法螺貝を吹くのが聞える。屠所に引か
れる羊の歩みのように寿命が刻々と消滅して、その死の時が近づいたようだ。」と訳してる片野達郎
&松野陽一が「午の貝」を「正午を知らせる吹音。次が羊の刻。」として「午と羊の時の取り合せが
誹諧。」と解したのに、上條彰次は〈縁語関係にあるといえる十二支の「午」と「羊」を詠み込み、
「午の貝」という陸・海の動物を組み合せる歌語を用いた、言語次元での巧みな発想・表現に誹諧性
を認めたか。〉としてて解ってないね(@_@;) また同歌は片野達郎&松野陽一・前掲書の「付録」
の「他出文献一覧」に無く、上條彰次・前掲書も「出典未詳」とするように、関根慶子&阿部俊子&
林マリヤ&北村杏子&田中恭子『私家集全釈叢書1 赤染衛門集全釈』(風間書房,1986)には無いの
だが、本書には〈・・・「けふもまた馬のかひこそ吹きつなれ羊のあゆみ近づきにけり」(高遠集・
千載集雑体には第五句を「近づきぬらん」とし赤染衛門作とする)・・・〉と指摘されてる(@_@;)
以上、原典にあたって確認はしてないけど、森本元子の学識は凄いねぇ〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
* 返り点は略すが、本書は『摩訶摩耶経』から「如旃陀羅駆羊就屠所、歩歩近死地、人命疾於是」
と、峯村文人(校注・訳)『新編日本古典文学全集43 新古今和歌集』(小学館,1995)も慈円の
「極楽へ」で〈「譬[たと]フルニ、旃陀羅[せんだら]ノ羊ヲ駆リテ屠所ニ至ルニ、歩歩[ほ
ほ]死地ニ近ヅクガゴトシ。人ノ命モマタ是[かく]ノゴトシ」(摩訶摩耶経)。〉と(⌒~⌒)
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240309読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-09
修学旅行の唯一の思い出である帰宅直前に寄ったコンビニで遭遇した美人店員は実在したv( ̄∇ ̄)【読んだ本】武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本 相模守にてのぼり侍りけるに、老曾[おいそ]の森のもとにて ほとゝぎすを聞きてよめる 東路[あづまぢ]のおもひでにせんほとゝぎす老曾の森の夜半[よは]の一こゑ この東国からの道のりの思い出にしよう。老曾の森で聞いたほととぎすの夜半の一声を。これは久保田淳&平田喜信(校注)『新日本古典文学大系8 後拾遺和歌集』(岩波書店,1994)から訳とともに引いた大江公資の歌だけど、「秀歌」を詠むことに御執心だった大江公資が、相模国から京まで多くの歌枕や景勝を見たはずなのに心には残らず、旅も終わりに近い近江国の「老曾の森」で聞いた「ほととぎす」の声が「思い出」とは不審として、前に次のような「深読み」をしてみたが、本書を披くと強[あなが]ち見当違いではなかったことは昨日記した通りである(〃'∇'〃)テヘペロ 相模国では妻(相模)との関係が上手くいかなかったから思い出になるような ことはなかったし、この道中も妻と一緒だから、富士山を観たり名勝や歌枕を 通っても気分は晴れなかったよ(-ω-、) でも、チョー気まずかった長~い旅路も、 ついに近江国まで来て、京都も目の前だから、老蘇森のホトトギスの声にはホント 癒されたよなぁ(〃'∇'〃)さて、さて、さ~て!近江国「老曾の森」の「ほととぎす」とは女だったと更に「深読み」(^o^)丿上記歌は万寿2年(1025年)の初夏の上京時の詠だが、「上京後の相模と公資の間はますます険悪となっていった。公資には秋頃から新しい通い所ができたのである。」と本書巻頭の「解説」にあり、『異本相模集』の1首と『流布本相模集』の1首(左註は省略)を、それぞれ訳とともに引く(^_^;) 近く住む人の、おとせざりけるに。近江[あふみ]のうみ思ひいでらるると 涙こそあふみのうみとなりにけれみるめなしてふうらみせしまに 近くに住む夫が、訪ねてこなかったので。琵琶湖が思い出されると いつも涙が出てきて 涙がまあ溢れて近江の湖[うみ]のようになってしまいました。逢う折がないと 恨めしく思っているうちに。 ..
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middrinn
2024-03-09T16:55:41+09:00
【読んだ本】
武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本
相模守にてのぼり侍りけるに、老曾[おいそ]の森のもとにて
ほとゝぎすを聞きてよめる
東路[あづまぢ]のおもひでにせんほとゝぎす老曾の森の夜半[よは]の一こゑ
この東国からの道のりの思い出にしよう。老曾の森で聞いたほととぎすの夜半の一声を。
これは久保田淳&平田喜信(校注)『新日本古典文学大系8 後拾遺和歌集』(岩波書店,1994)から
訳とともに引いた大江公資の歌だけど、「秀歌」を詠むことに御執心だった大江公資が、相模国から
京まで多くの歌枕や景勝を見たはずなのに心には残らず、旅も終わりに近い近江国の「老曾の森」で
聞いた「ほととぎす」の声が「思い出」とは不審として、前に次のような「深読み」をしてみたが、
本書を披くと強[あなが]ち見当違いではなかったことは昨日記した通りである(〃'∇'〃)テヘペロ
相模国では妻(相模)との関係が上手くいかなかったから思い出になるような
ことはなかったし、この道中も妻と一緒だから、富士山を観たり名勝や歌枕を
通っても気分は晴れなかったよ(-ω-、) でも、チョー気まずかった長~い旅路も、
ついに近江国まで来て、京都も目の前だから、老蘇森のホトトギスの声にはホント
癒されたよなぁ(〃'∇'〃)
さて、さて、さ~て!近江国「老曾の森」の「ほととぎす」とは女だったと更に「深読み」(^o^)丿
上記歌は万寿2年(1025年)の初夏の上京時の詠だが、「上京後の相模と公資の間はますます険悪と
なっていった。公資には秋頃から新しい通い所ができたのである。」と本書巻頭の「解説」にあり、
『異本相模集』の1首と『流布本相模集』の1首(左註は省略)を、それぞれ訳とともに引く(^_^;)
近く住む人の、おとせざりけるに。近江[あふみ]のうみ思ひいでらるると
涙こそあふみのうみとなりにけれみるめなしてふうらみせしまに
近くに住む夫が、訪ねてこなかったので。琵琶湖が思い出されると
いつも涙が出てきて
涙がまあ溢れて近江の湖[うみ]のようになってしまいました。逢う折がないと
恨めしく思っているうちに。
むかしかたらひし人、遠き国よりのぼりして、おとづれざりしかば。
妻[め]かただにあり。
神かけてたのめしかども東路のことのままにはあらずぞありける
昔言い交わした夫が、遠い任国[←大江公資は、その後、遠江守に]から
上京して、訪ねて来なかったので。別の妻が[近江国]堅田にいるのです。
あの人は神かけて私を忘れないと頼りにさせたけれど、東路のことのまま明神
の名のとおり、誓ったことのままではないのでした。
前者についての語釈で「・・・近江国の堅田に公資の新しい妻が住んでいたので、都にいる相模の所
へは訪ねて来ず、近江に行っていると思うと涙が出るのである。・・・」と本書は解説してる(^_^;)
上京時に「老曾の森」で出遭った女を大江公資は京に近い「堅田」に住まわせたと「深読み」(^^)v
「夜半の一声」とは大江公資が夜に「懐抱」した時に女が発・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;お前は藤原実資か?
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240308読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-08
修学旅行の思い出は帰宅直前に寄ったコンビニのレジのお姉さんが美人だったことと言う男再び(^^)v朝までの雪に確定申告断念も昼前には日差しで積もった雪も融けたので街まで歩いて往復し疲労(+_+)【読んだ本】武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本相模の夫だった大江公資が大外記のポストを希望して承認されそうだったのに藤原実資の発言により列席者が爆笑して却下されてしまったとされる話は有名だけど、当該発言を、訓み読し文は藤岡忠美(校注)『新日本古典文学大系29 袋草紙』(岩波書店,1995)から、口語訳は小沢正夫&後藤重郎&島津忠夫&樋口芳麻呂『袋草紙注釈 上』(塙書房,1974)から、それぞれ引く(^_^;) 相模を懐抱して秀歌を案ずるの間、公事闕如するか 彼は相模を抱いてうまい歌を考えているから、公務を怠るだろう好色とされる藤原実資の面目躍如か(^_^;) しかし、大江公資は「秀歌」を詠むことに御執心だった点に着目すべきかと(@_@;) 大江公資は、旅の歌人として知られる能因法師との親交があった(と藤原清輔の歌学書『袋草紙』が伝えている)のに、相模守の任を終えて帰京する際に次のような歌を詠んでいるのが不審(@_@;) 久保田淳&平田喜信(校注)『新日本古典文学大系8 後拾遺和歌集』(岩波書店,1994)から訳も含めて引く(@_@;) 相模守にてのぼり侍りけるに、老曾[おいそ]の森のもとにて ほとゝぎすを聞きてよめる 東路[あづまぢ]のおもひでにせんほとゝぎす老曾の森の夜半[よは]の一こゑ この東国からの道のりの思い出にしよう。老曾の森で聞いたほととぎすの夜半の一声を。犬養廉&平野由紀子&いさら会『笠間注釈叢刊18 後拾遺和歌集新釈 上巻』(笠間書院,1996)で佐藤久美子は近江国の老曽の森を「ほととぎすと結びつけたのはこの歌が最初。」と指摘してるし、藤本一恵『後拾遺和歌集全釈 上巻』(風間書房,1993)では「・・・公資のこの歌が後世歌人どもの範歌となっていたことが知られる。」と指摘されているので、「秀歌」と言って良いかと\(^o^)/不審に思ったのは、5年前に菅原孝標女が上総国から帰京した際には多くの歌枕や名勝を見て『更級日記』に書き残しているのに、大江公資は相模国から京までの長い「道のり」での「思い出」が旅の終わり..
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middrinn
2024-03-08T17:30:07+09:00
朝までの雪に確定申告断念も昼前には日差しで積もった雪も融けたので街まで歩いて往復し疲労(+_+)
【読んだ本】
武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本
相模の夫だった大江公資が大外記のポストを希望して承認されそうだったのに藤原実資の発言により
列席者が爆笑して却下されてしまったとされる話は有名だけど、当該発言を、訓み読し文は藤岡忠美
(校注)『新日本古典文学大系29 袋草紙』(岩波書店,1995)から、口語訳は小沢正夫&後藤重郎&
島津忠夫&樋口芳麻呂『袋草紙注釈 上』(塙書房,1974)から、それぞれ引く(^_^;)
相模を懐抱して秀歌を案ずるの間、公事闕如するか
彼は相模を抱いてうまい歌を考えているから、公務を怠るだろう
好色とされる藤原実資の面目躍如か(^_^;) しかし、大江公資は「秀歌」を詠むことに御執心だった
点に着目すべきかと(@_@;) 大江公資は、旅の歌人として知られる能因法師との親交があった(と
藤原清輔の歌学書『袋草紙』が伝えている)のに、相模守の任を終えて帰京する際に次のような歌を
詠んでいるのが不審(@_@;) 久保田淳&平田喜信(校注)『新日本古典文学大系8 後拾遺和歌集』
(岩波書店,1994)から訳も含めて引く(@_@;)
相模守にてのぼり侍りけるに、老曾[おいそ]の森のもとにて
ほとゝぎすを聞きてよめる
東路[あづまぢ]のおもひでにせんほとゝぎす老曾の森の夜半[よは]の一こゑ
この東国からの道のりの思い出にしよう。老曾の森で聞いたほととぎすの夜半の一声を。
犬養廉&平野由紀子&いさら会『笠間注釈叢刊18 後拾遺和歌集新釈 上巻』(笠間書院,1996)で
佐藤久美子は近江国の老曽の森を「ほととぎすと結びつけたのはこの歌が最初。」と指摘してるし、
藤本一恵『後拾遺和歌集全釈 上巻』(風間書房,1993)では「・・・公資のこの歌が後世歌人どもの
範歌となっていたことが知られる。」と指摘されているので、「秀歌」と言って良いかと\(^o^)/
不審に思ったのは、5年前に菅原孝標女が上総国から帰京した際には多くの歌枕や名勝を見て『更級
日記』に書き残しているのに、大江公資は相模国から京までの長い「道のり」での「思い出」が旅の
終わりに近い近江国の「老曾の森」での「ほととぎす」というのは「まるで、修学旅行の思い出が、
その帰り道、自宅近くのコンビニのレジのお姉さんがキレイだったことだけ、と言うのに等しいかと
(-ω-、) 」(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2018-05-14 )(^_^;) 大江公資
は妻の相模とは相模国でも上手くいかず帰京後に別れてしまったことから、この歌の含意を小生は、
相模国では妻(相模)との関係が上手くいかなかったから思い出になるような
ことはなかったし、この道中も妻と一緒だから、富士山を観たり名勝や歌枕を
通っても気分は晴れなかったよ(-ω-、) でも、チョー気まずかった長~い旅路も、
ついに近江国まで来て、京都も目の前だから、老蘇森のホトトギスの声にはホント
癒されたよなぁ(〃'∇'〃)
と「深読み」した上で「修学旅行先では同級生の彼女とケンカばかりで楽しい思い出は作れなかった
けど、その帰り道に自宅近くのコンビニのレジでキレイなお姉さんに遭遇したことだけが、修学旅行
の唯一楽しい思い出になってしまった、といった感じか^_^; 」という「喩え」話を記したわけだが
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2018-05-15 )、本書に次の件が(@_@;)
・・・相模はこの機会に夫の愛をとり戻そうとも思ったのだろう。公資と一緒に相模国
へ下ったのである。途次浜名の渡、小夜の中山などの歌枕や、眼下に広がる海、目前に
そびえる富士山を生まれて初めて見たことだろうが、何の感興も催さなかったらしい。
家集にそれらを詠んだ歌はない。・・・
・・・万寿二年(一〇二五)初夏相模は公資と共に上京した。・・・
相模は「相模国へ下った」際に歌枕や名勝について「家集にそれらを詠んだ歌はない」由、「夫の愛
をとり戻」せなかった「上京」時も気持ちは沈み、大江公資も「チョー気まずかった」旅かと(^_^;)
なお、本書=「家集に[は]・・・ない」けれど、相模が「永承四年[1049年]内裏歌合」で詠んだ
「いつとなく心そらなるわが恋や富士の高嶺にかかる白雲」(『袋草紙』は初句が「よとともに」)
が『後拾遺和歌集』に入集しており、この歌は「富士山を・・・見たこと」による「感興」に基づく
ものなのかな(ちなみに、富士山と言えばフツー煙なのに雲を詠んでて、相模の野心作か)(@_@;)
本書にも、「いつとなくこひするがなるうど浜のうとくも人のなりまさるかな」と駿河国の有度浜、
「世の中をうち嘆きつつ近江なるやすきこととはねをのみぞなく」と近江国の野洲などなど相模国と
京の間の歌枕を詠み込んだ歌(@_@;) とまれ、本書を読んで大江公資の歌を更に「深読み」(^o^)丿
[追記240309]
本書の走湯権現奉納百首及びその贈答歌の276、375、480が「富士山の雪」で煙も詠んでる_φ( ̄^ ̄ )
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240307読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-07
楽天スーパーSALEの20pスロットは5回連続でハズレも買う予定の古本は255円のまま(ノ_-;)ホッ…2月の電気代、去年は一気に571円も下がったのに、今年は僅か82円しか下がらなかった(-ω-、)【読んだ本】萩谷朴『歴史366日 ─今日はどんな日─』(新潮選書,1989)所蔵本 九一三年(延喜十三)。宇多法皇がこの日、亭子院で催された歌合は、興風・躬恒 ・貫之・伊勢など当代一流の歌人が競って和歌を詠進したばかりでなく、法皇自ら 勝ち負けを定める判者を勤められるという、文字通り君臣和楽の風雅な遊びであった。 伊勢御息所の作として伝えられる当日の仮名日記は、『土佐日記』に先立つこと 二十二年、わが国最古の女流日記である。本書の3月13日に載ってる「亭子院歌合」の項だが、流石、伊勢タン!ヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪ただ、「『土佐日記』に先立つこと二十二年、」は余計ではないかと(^_^;) 萩谷朴『日本古典評釈・全注釈叢書 土佐日記全注釈』(角川書店,1967)を披けば何を言いたいか解るも、誤解を招く記述かと(^_^;) 3日前の福家俊幸『更級日記』に対する末尾2行、解り難いだろうから翌日修正済(^_^;)
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middrinn
2024-03-07T16:54:29+09:00
2月の電気代、去年は一気に571円も下がったのに、今年は僅か82円しか下がらなかった(-ω-、)
【読んだ本】
萩谷朴『歴史366日 ─今日はどんな日─』(新潮選書,1989)所蔵本
九一三年(延喜十三)。宇多法皇がこの日、亭子院で催された歌合は、興風・躬恒
・貫之・伊勢など当代一流の歌人が競って和歌を詠進したばかりでなく、法皇自ら
勝ち負けを定める判者を勤められるという、文字通り君臣和楽の風雅な遊びであった。
伊勢御息所の作として伝えられる当日の仮名日記は、『土佐日記』に先立つこと
二十二年、わが国最古の女流日記である。
本書の3月13日に載ってる「亭子院歌合」の項だが、流石、伊勢タン!ヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪
ただ、「『土佐日記』に先立つこと二十二年、」は余計ではないかと(^_^;) 萩谷朴『日本古典評釈
・全注釈叢書 土佐日記全注釈』(角川書店,1967)を披けば何を言いたいか解るも、誤解を招く記述
かと(^_^;) 3日前の福家俊幸『更級日記』に対する末尾2行、解り難いだろうから翌日修正済(^_^;)
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240306読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-06
夫のコレクションを勝手に処分した妻ではなく集めてた大切な物を夫に焼却された妻の話(⌒~⌒)「鉄道模型嫁とは、ある悪妻の末路を描いたコピペである。」と説明する「ピクシブ百科事典」の「鉄道模型嫁[てつどうもけいよめ]」の項の一部を有名だけど念のため引いておく__φ( ̄^ ̄ ) /コレクションについての話がありましたけど、私は夫のコレクションを捨てて しまって後悔した立場でした。/鉄道模型でしたけど。/かなり古い模型がまさに 大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした。/結婚2年目ぐらいから 「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが、毎回全然行動 してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい、留守中に業者を呼んで引き取ってもら えるものは引き取ってもらいました。/帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きに していい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました。/残っていた模型も 全部処分してくれたのですごく嬉しかったです。/でもその後夫は蔵書をはじめ 自分のもの全てを捨て始めてしまいました。/会社で着るスーツとワイシャツや下着 以外は服すらまともに持たなくなり、今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つ に納まるだけになってしまって…/あまりにも行きすぎていて心配になり色々なもの を買っていいと言うのですが、夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい、 かえって私が苦しくなってしまいました。/これだけ夫のものがないと夫がふらっと いなくなってしまいそうですごく恐いのです。/こういう場合ってどうしたらいいん でしょう。/【読んだ本】武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本 はかなきことにむつかりし人、あやにくにものがたり、歌などありける限り あさり出でてみな焼きてしを、せむかたなくて嘆く頃、近くて聞く人の、 「いかにぞ」と言ひたりしかば 飽きはててあとの煙は見えねども思ひさまさむかたのなきかな 些細なことで機嫌を悪くした夫が、ひどく憎らしいことに物語や歌集などを ある限り探し出してみな焼いてしまったので、途方にくれて嘆き悲しんでいる頃、 近くにいてその事件を聞いた人が、「どうし..
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middrinn
2024-03-06T16:56:23+09:00
「鉄道模型嫁とは、ある悪妻の末路を描いたコピペである。」と説明する「ピクシブ百科事典」の
「鉄道模型嫁[てつどうもけいよめ]」の項の一部を有名だけど念のため引いておく__φ( ̄^ ̄ )
/コレクションについての話がありましたけど、私は夫のコレクションを捨てて
しまって後悔した立場でした。/鉄道模型でしたけど。/かなり古い模型がまさに
大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした。/結婚2年目ぐらいから
「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが、毎回全然行動
してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい、留守中に業者を呼んで引き取ってもら
えるものは引き取ってもらいました。/帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きに
していい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました。/残っていた模型も
全部処分してくれたのですごく嬉しかったです。/でもその後夫は蔵書をはじめ
自分のもの全てを捨て始めてしまいました。/会社で着るスーツとワイシャツや下着
以外は服すらまともに持たなくなり、今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つ
に納まるだけになってしまって…/あまりにも行きすぎていて心配になり色々なもの
を買っていいと言うのですが、夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい、
かえって私が苦しくなってしまいました。/これだけ夫のものがないと夫がふらっと
いなくなってしまいそうですごく恐いのです。/こういう場合ってどうしたらいいん
でしょう。/
【読んだ本】
武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)所蔵本
はかなきことにむつかりし人、あやにくにものがたり、歌などありける限り
あさり出でてみな焼きてしを、せむかたなくて嘆く頃、近くて聞く人の、
「いかにぞ」と言ひたりしかば
飽きはててあとの煙は見えねども思ひさまさむかたのなきかな
些細なことで機嫌を悪くした夫が、ひどく憎らしいことに物語や歌集などを
ある限り探し出してみな焼いてしまったので、途方にくれて嘆き悲しんでいる頃、
近くにいてその事件を聞いた人が、「どうしていますか。」と言いましたので
夫は私をすっかり飽きてしまって、大切にしていた物語や歌集などを
焼き捨てたあとの煙は、私への未練と共に今は跡かたもないけれど、
私の嘆きはしずめる術もありませんの。
「むつかりし人」とは相模の夫である大江公資と本書は比定(^_^;) 学者輩出の大江家の出身で自身
も文章得業生だったし、文章博士になった叔父の以言の養子でもあるのに、焚書とはヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
本書は次の歌からも相模の「・・・心情は、むしろ焼き捨てられた書物への思いに向けられており、
その嘆きの深さから相模の文学への執心がうかがわれるのてはないだろうか。それは、公資との破局
の一因であったかも知れない。」と論評(^_^;) 夫よりも書物という相模、好感度アップ(〃'∇'〃)
かかる事聞きたらむと思ひし人に、つれづれのわりなかりしかば
荒磯のあまはやけどもこりずまになほかりつべきものがたりかな
この事件を聞いただろうと思った人に、物語や歌集をすべて失ってしまって、
手持ち無沙汰でどうしようもなくつらかったので
海人が藻塩を焼くように、夫は物語や歌集などを焼いてしまったけれど、
私は懲りもしないでまたお借りして、集めるつもりです。
再び「集めるつもり」と相模、その折れない心は、鉄道模型夫よりも強いぞオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)
返し
あま人はまたもこそやけこりずまになにかりつむるものがたりぞは
返し
あの人がまた焼き捨てると困りますね、それなのに、あなた懲りもしないで、
どうして物語を収集するのでしょうかねえ。
最後は相模が「懲りもしないで」再び「集めるつもり」と宣言した上記歌に対する返歌だけど、本書
は次のように読み解いている(^_^;)
夫の怒りで焼かれてしまった書物などを、また性懲りもなく集めようとする
相模のあくなき文学熱に、半ばあきれている。当時は書物を収集するといっても、
借り受けて一々書写したのだから確かに並々でない情熱である。
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240305昨日買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-05
335円を注文したら在庫がまだあったらしく455円に(゚o゚;) 先に買われなくて良かった(ノ_-;)ホッ…今月はあと一冊、255円のを買う予定になってるけど、楽天スーパーSALEのスロットで20pが当たるかもしれないから、注文できるのは早くて9日(@_@;) それまで255円のままだといいが(-ω-、)【昨日買った本】矢口高雄『釣りキチ三平 番外編 1』(講談社コミックス(月マ),1983)「valuebooks楽天市場店」で「良い」768円(送料無料)を2月28日に注文したのが追跡不可能ゆうメールで4日に届いた(^^) 表紙カヴァーもキレイな美品で、全く問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿約半年前に別のショップで見た390円ぐらいのよりは高いけど、何千円の値が付けられてる今の相場からすると、充分に掘り出し物かと(^_^;) 駿河屋ですら以前1900円か1600円を付けてたはず(^_^;)「秘技!念力釣りの巻 PART1」「秘技!念力釣りの巻 PART1」「桔梗ムラサキ鯉の巻 前編」「桔梗ムラサキ鯉の巻 後編」「ジンケンのよびもどし釣りの巻」を収録(^^) 表紙カヴァー袖の紹介文をメモっておきますか_φ( ̄^ ̄ )メモメモ ハリもイトもつかわずに魚を釣る! 摩訶不思議な術をつかう謎の行者と、三平の釣り 対決〝念力釣り〟ほか〝桔梗ムラサキ鯉〟〝ジンケンのよびもどし釣り〟の話題作を あつめた釣り傑作集!!楽天市場だと本書は電子書籍(楽天kobo)なら550円で読めるのに7538円の出品者(どんな本でも超高値で出してるショップ)がいるけど、紙媒体を止めて電子書籍へと転ぶ人も出てきそう(@_@;)
未分類
middrinn
2024-03-05T16:55:44+09:00
今月はあと一冊、255円のを買う予定になってるけど、楽天スーパーSALEのスロットで20pが当たる
かもしれないから、注文できるのは早くて9日(@_@;) それまで255円のままだといいが(-ω-、)
【昨日買った本】
矢口高雄『釣りキチ三平 番外編 1』(講談社コミックス(月マ),1983)
「valuebooks楽天市場店」で「良い」768円(送料無料)を2月28日に注文したのが追跡不可能
ゆうメールで4日に届いた(^^) 表紙カヴァーもキレイな美品で、全く問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿
約半年前に別のショップで見た390円ぐらいのよりは高いけど、何千円の値が付けられてる今の相場
からすると、充分に掘り出し物かと(^_^;) 駿河屋ですら以前1900円か1600円を付けてたはず(^_^;)
「秘技!念力釣りの巻 PART1」「秘技!念力釣りの巻 PART1」「桔梗ムラサキ鯉の巻 前編」「桔梗
ムラサキ鯉の巻 後編」「ジンケンのよびもどし釣りの巻」を収録(^^) 表紙カヴァー袖の紹介文を
メモっておきますか_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
ハリもイトもつかわずに魚を釣る! 摩訶不思議な術をつかう謎の行者と、三平の釣り
対決〝念力釣り〟ほか〝桔梗ムラサキ鯉〟〝ジンケンのよびもどし釣り〟の話題作を
あつめた釣り傑作集!!
楽天市場だと本書は電子書籍(楽天kobo)なら550円で読めるのに7538円の出品者(どんな本でも
超高値で出してるショップ)がいるけど、紙媒体を止めて電子書籍へと転ぶ人も出てきそう(@_@;)
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240304読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-04
♪春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~しもやけ~また一つ(´;ω;`)今年は2月中旬が見頃と言われてたから流石にピークは過ぎてたけど、まだ梅は咲いてた(⌒~⌒)ニコニコ【読んだ本】福家俊幸『日本古典評釈・全注釈叢書 更級日記 全一冊』(KADOKAWA,2015) たぐひなく心ぼそしやゆく秋のすこしのこれるありあけの月 くらべるものもなく心細いことよ。去りゆく秋がかすかに残っている ほそいありあけの月は。森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)をバラバラとめくってたら、偶々目が留まった一首で、いいじゃん!と思ったら、勅撰集『続後撰和歌集』に入集の由v( ̄∇ ̄)同じく同書から引いておく(⌒~⌒) 秋のよの月のひかりのすむままにふらでもつもるにはの雪かな 秋の夜の月光が澄むにつれて、降らなくても庭に雪が積もることよ(雪のような 月光の白さよ)。「秋」なのに「庭に雪が積もる」ように見えるという「月光の白さ」が当時の美的感覚だからね(^^)さて、さて、さ~て!『更級日記』作者の姉が亡くなり、「・・・形見として残された幼い子供達を私の左右に寝かせていると、荒れた板葺きの屋根の隙間から月の光が漏れて来て、子供の顔に当たっているのが、たいそう不吉に思われたので、袖で子供の顔を覆い、・・・」(本書145頁の口訳)の件で「いとゆゆしくおぼゆれば」の語釈を本書146頁から返り点は略して引く(@_@;) 月光を忌むものとする観念は当時一般的であった。『白氏文集』巻十四「律詩、贈内」 [ママ]に「莫対月明思往事、損君顔色減君年」という一節があることから、月と対峙 することが女性の気持ちを憂悶に沈ませ、そのことが老化につながるという捉え方が 唐にあったことがわかる。『古今集』雑歌上の在原業平の歌「おほかたは月をもめでじ これぞこのつもれば人の老いとなるもの」(八七九)は明らかにこれを踏まえていよう。 一方で月光に不吉なものを見いだすのは、必ずしもこの漢詩の影響ではなく、月や月光 が持つか細さや神秘性、それゆえの美しさとまがまがしさの両義性に由来する普遍的な 捉え方と考えることもできよう。月光に照らされた姪..
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middrinn
2024-03-04T16:52:13+09:00
~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~春なのに~しもやけ~また一つ(´;ω;`)
今年は2月中旬が見頃と言われてたから流石にピークは過ぎてたけど、まだ梅は咲いてた(⌒~⌒)ニコニコ
【読んだ本】
福家俊幸『日本古典評釈・全注釈叢書 更級日記 全一冊』(KADOKAWA,2015)
たぐひなく心ぼそしやゆく秋のすこしのこれるありあけの月
くらべるものもなく心細いことよ。去りゆく秋がかすかに残っている
ほそいありあけの月は。
森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)をバラバラとめくってたら、
偶々目が留まった一首で、いいじゃん!と思ったら、勅撰集『続後撰和歌集』に入集の由v( ̄∇ ̄)
同じく同書から引いておく(⌒~⌒)
秋のよの月のひかりのすむままにふらでもつもるにはの雪かな
秋の夜の月光が澄むにつれて、降らなくても庭に雪が積もることよ(雪のような
月光の白さよ)。
「秋」なのに「庭に雪が積もる」ように見えるという「月光の白さ」が当時の美的感覚だからね(^^)
さて、さて、さ~て!『更級日記』作者の姉が亡くなり、「・・・形見として残された幼い子供達を
私の左右に寝かせていると、荒れた板葺きの屋根の隙間から月の光が漏れて来て、子供の顔に当たっ
ているのが、たいそう不吉に思われたので、袖で子供の顔を覆い、・・・」(本書145頁の口訳)の
件で「いとゆゆしくおぼゆれば」の語釈を本書146頁から返り点は略して引く(@_@;)
月光を忌むものとする観念は当時一般的であった。『白氏文集』巻十四「律詩、贈内」
[ママ]に「莫対月明思往事、損君顔色減君年」という一節があることから、月と対峙
することが女性の気持ちを憂悶に沈ませ、そのことが老化につながるという捉え方が
唐にあったことがわかる。『古今集』雑歌上の在原業平の歌「おほかたは月をもめでじ
これぞこのつもれば人の老いとなるもの」(八七九)は明らかにこれを踏まえていよう。
一方で月光に不吉なものを見いだすのは、必ずしもこの漢詩の影響ではなく、月や月光
が持つか細さや神秘性、それゆえの美しさとまがまがしさの両義性に由来する普遍的な
捉え方と考えることもできよう。月光に照らされた姪の姿に死の影が射していたのであり、
それを袖で覆い、いま一人を抱き寄せて抗する孝標女の姿は「いみじきや」という慨嘆を
伴って劇的ですらあり、極めて鮮烈な印象を残す。
再三指摘してるように、こーゆーコンテクストを無視した断章取義的な白居易(白楽天)の作品理解
・解釈(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-05-07 )を「当時」の人々も
してたのかねぇ(@_@;) また中段の月や月光の「両義性」なる「捉え方」、下段の『更級日記』の
解釈=口訳に何故限定されんだ(^_^;) とはいえ、この解釈=口訳は「当時」の感覚には合致(^_^;)
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240303買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-03
悲しいとき~(´;ω;`) 5年前6000円だった古本を15000円で購入したとき~(T_T) 昔の自分に説教したいけど、あの時、代わりに注文した古本も買って良かったと今になって思う(^_^;)ヾ(-_-;)今頃?既に盛りは過ぎてそうだけど明日やっと梅を見に行く(^_^;) 去年より北の方へ行く予定だけど(^_^;)【買った本】武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)今回初めて利用するAmazonマケプレ出品者「Leap Garden *在庫確実!」で「良い」15400円をギフトカード100円&34p使って15266円で1日に注文し2日に届く予定が3日に届いたヾ(`◇´)ノ「中古品 - 良い - 【函あり】箱と側面に汚れがありますが、本文は書き込みもなく、あまり使用感のないキレイな状態です。目立った折れや破れもございません【発送方法】Amazon倉庫よりAmazonスタッフが直接発送しますので、在庫切れはありません。24時間発送作業をしているので、地域によっては当日~2日以内にお届けが可能です【梱包】カバーをアルコールで除菌・清掃しています。また、水濡れや汚れ対策として、クリスタルパックで梱包しています【保証】万が一不備がございましたら、購入後1ヶ月以内であれば全額返金・返品にも対応しております。」とコンディション等の説明があったが、函は全体的に「汚れ」、本自体は天にそばかす少々も小口のシミによる「汚れ」はかなり「目立」つけど、たしかに書き込み等は見当たらなかったし、本のビニールカヴァーも写真の通り付いていたから、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿 ただ、Amazonの配送業者が酷くて、注文翌日の2日早朝に届いた発送通知には「お届け日: 土曜日, 03/02」と記載され、「配送状況の確認画面」も「本日到着予定」「9:13お近くの配送店に到着しました」「16:27配達中です」と次々表示、16:43にメールで「商品を1つ本日お届け予定です。 "置き配" の設定内容を配送状況の確認画面より変更いただけます。また、ドライバーから、電話 (・・・)、またはショートメッセージにて、ご連絡させていただく場合がございます。」と通知されたので、「置き配」の出来ぬ拙宅ゆえ家で待機してたのに、「ドライバー」からは何の「連絡」も無く21時まで待ちぼうけ(-"-) 「配送状況の確認画面」に..
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middrinn
2024-03-03T17:30:50+09:00
したいけど、あの時、代わりに注文した古本も買って良かったと今になって思う(^_^;)ヾ(-_-;)今頃?
既に盛りは過ぎてそうだけど明日やっと梅を見に行く(^_^;) 去年より北の方へ行く予定だけど(^_^;)
【買った本】
武内はる恵&林マリヤ&吉田ミスズ『私家集全釈叢書12 相模集全釈』(風間書房,1991)
今回初めて利用するAmazonマケプレ出品者「Leap Garden *在庫確実!」で「良い」15400円を
ギフトカード100円&34p使って15266円で1日に注文し2日に届く予定が3日に届いたヾ(`◇´)ノ
「中古品 - 良い - 【函あり】箱と側面に汚れがありますが、本文は書き込みもなく、あまり使用感
のないキレイな状態です。目立った折れや破れもございません【発送方法】Amazon倉庫よりAmazon
スタッフが直接発送しますので、在庫切れはありません。24時間発送作業をしているので、地域に
よっては当日~2日以内にお届けが可能です【梱包】カバーをアルコールで除菌・清掃しています。
また、水濡れや汚れ対策として、クリスタルパックで梱包しています【保証】万が一不備がございま
したら、購入後1ヶ月以内であれば全額返金・返品にも対応しております。」とコンディション等の
説明があったが、函は全体的に「汚れ」、本自体は天にそばかす少々も小口のシミによる「汚れ」は
かなり「目立」つけど、たしかに書き込み等は見当たらなかったし、本のビニールカヴァーも写真の
通り付いていたから、問題ナシオン主権ウラー!(^o^)丿 ただ、Amazonの配送業者が酷くて、注文翌日の
2日早朝に届いた発送通知には「お届け日: 土曜日, 03/02」と記載され、「配送状況の確認画面」も
「本日到着予定」「9:13お近くの配送店に到着しました」「16:27配達中です」と次々表示、16:43に
メールで「商品を1つ本日お届け予定です。 "置き配" の設定内容を配送状況の確認画面より変更い
ただけます。また、ドライバーから、電話 (・・・)、またはショートメッセージにて、ご連絡さ
せていただく場合がございます。」と通知されたので、「置き配」の出来ぬ拙宅ゆえ家で待機してた
のに、「ドライバー」からは何の「連絡」も無く21時まで待ちぼうけ(-"-) 「配送状況の確認画面」
には「お待たせして申し訳ございません。3月6日までに荷物が届かなかった場合は、翌日ここで返金
の手続きを行うことができます。」と21時に表示され、翌3日早朝には「配送予定日は3月2日に予定
されていました」と過去形に加え「現在の予定日:3月6日」と表示(ノ ̄皿 ̄)ノフザケンナ!┫:・’.
その後「本日到着予定」「7:04配達中です」、7:05に昨日と同文面メール、「9:10配達完了」(+_+)
序[関根慶子]
解説
流布本相模集について
諸本[武内はる恵]
構成と成立[林マリヤ]
走湯百首と初事歌群の歌題一覧[吉田ミスズ]
異本相模集と思女集について[林マリヤ]
相模について[林マリヤ]
出生
生い立ち
宮仕え
結婚
相模国で
別離
晩年
凡例
全釈
流布本相模集
序
連作
贈答歌・独詠歌
走湯百首とその贈答歌
物詣歌
初事歌群
長歌
異本相模集
思女集
付
年表
系図
『尊卑分脈』等による賀茂氏系図[相模]
『尊卑分脈』等による大江氏系図[公資]
『群書類従・巻六二』中臣氏系図[輔長、輔弘]
『尊卑分脈』閑院左大臣冬嗣公六男内舎人良門子利基孫[永源、永縁]
『尊卑分脈』等による藤原氏系図[定頼、脩子]
和歌索引[初句・第四句]
あとがき[林マリヤ&吉田ミスズ]
約5年前のことだが、たしか6000円ぐらいだった本書の古本と、同じ程度の値が付けられていた古本
(それが何だったかは失念)、どちらを買おうか悩んでた時に「全くのダークホースで、購入候補に
上がってなかった」森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993) を購入
してしまったことが、小生の古本買い物史上最大最悪最低の失敗として心の傷に(-ω-、) その後、
本書の値は上がる一方、相模について高評した記述を読む度にチクチクと痛みが(´ヘ`;) だけど、
『殷富門院大輔集全釈』も、購入時に「決め手は次の三つ」として森本元子『私家集の女流たち ─
現し身の恋─ 古典選書10』(教育出版センター,1985)、久保田淳『新古今和歌集全注釈 一』
(角川学芸出版,2011)、石田吉貞『百人一首評解』(有精堂出版,1956)の各記述を引いた通りで
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2019-07-09 )、本書購入決意後に読むと
良い本と判り、当時の選択も悪くはなかったかと(^_^;)ヾ( ̄o ̄;)オイオイそう思い込みたいだけでは?
・・・九条家(良経、道家、教実等)、西園寺家(公経、実氏等)など定家と親しい
関係にあった権勢家の歌、および鎌倉幕府関係の人々(実朝、泰時、重時、政村、
真昭、行念、蓮生、信生)の歌が少なくなく、また新勅撰集になってはじめて選入
された歌人に定家と私交のある者が多い。・・・
久曾神昇&樋口芳麻呂(校訂)『新勅撰和歌集』(岩波文庫,1961)が斯く指摘してるように(父の
藤原俊成による勅撰集『千載和歌集』も同じ傾向があると言われてる)、藤原定家が独撰した勅撰集
『新勅撰和歌集』では、縁故採用が非常に多いことは有名(だから、昨日は引用しなかった)(^_^;)
『新勅撰和歌集』入集数の多い女流歌人で、15首の殷富門院大輔は「定家とは特に親しかったことが
『明月記』に見え」るらしいし(石田吉貞・前掲書)、14首の式子内親王は定家と深~い関係だった
とする俗説まであるけど、返信コメにも書いたように定家と接点が無かった相模が18首で一番(^_^;)
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240302読んだ本【バカチン3冊】
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-02
このランキングが何を意味するのか、よく考えられた方が宜しいかと〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ【読んだ本(バカチン3冊)】石田吉貞『百人一首評解』(有精堂出版,1956)所蔵本久曾神昇&樋口芳麻呂(校訂)『新勅撰和歌集』(岩波文庫,1961)所蔵本池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本購入後に披くことも無かった森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)を最近になって取り上げているのは悲し~い訳があるからだが、この殷富門院大輔という女流歌人、歌人としての評価は高いようだ(ノ_-;)ホッ… 式子内親王の同腹の姉が、殷富門院である。それに仕えた女房。[藤原]定家は この人を尊重したらしく、[定家が独撰した勅撰和歌集の]新勅撰集の女流では この人の歌が一番多い。池田弥三郎が殷富門院大輔の歌の「作者」の項に斯く記してて、駄本屑本ゆえ仕方ないと思ったら、「百人一首注釈書中の白眉」(島津忠夫)とのピア・レヴュー(同僚評価)もある『百人一首評解』で石田吉貞までが次のように記していたとは(ノ_-;)トホホ… ・・・定家とは特に親しかったことが『明月記』に見え、定家はその歌を愛でてか、 『新勅撰集』には大輔の歌を、女子の歌の最高(十五首)にとっている。・・・『新勅撰和歌集』に「十五首」入集で「女子の歌の最高」というのが間違いであることは、石田吉貞自身が本書の相模のところで次のように記していることからも判る(^_^;) ・・・小倉百人一首の撰者定家は、妖艶な恋歌を好んだ故か、相模の歌を重視し、 『新勅撰集』には相模の歌を十八首とっている。(和泉式部十四首、紫式部五首、 伊勢大輔二首、赤染衛門一首、清少納言は一首も入っていない)。・・・ここで石田吉貞が「十五首」の殷富門院大輔の名前を挙げていないのは、本書が56番の和泉式部から80番の待賢門院堀河までを「後拾遺・金葉・詞花時代」としてカテゴライズし、相模(65番)を同じ「後拾遺・金葉・詞花時代」の女流歌人と比べたためであって、殷富門院大輔は90番(また14首入集の式子内親王は89番)なので「新古今時代」に分類されるからではないかと愚考(^_^;) ちなみに、58番の大弐三位は3首、67番の周防内侍は3首、72番の祐子内親王家紀伊は1首、80番の待賢門院堀河は5首と入ってるのに、62..
未分類
middrinn
2024-03-02T16:57:13+09:00
【読んだ本(バカチン3冊)】
石田吉貞『百人一首評解』(有精堂出版,1956)所蔵本
久曾神昇&樋口芳麻呂(校訂)『新勅撰和歌集』(岩波文庫,1961)所蔵本
池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本
購入後に披くことも無かった森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)
を最近になって取り上げているのは悲し~い訳があるからだが、この殷富門院大輔という女流歌人、
歌人としての評価は高いようだ(ノ_-;)ホッ…
式子内親王の同腹の姉が、殷富門院である。それに仕えた女房。[藤原]定家は
この人を尊重したらしく、[定家が独撰した勅撰和歌集の]新勅撰集の女流では
この人の歌が一番多い。
池田弥三郎が殷富門院大輔の歌の「作者」の項に斯く記してて、駄本屑本ゆえ仕方ないと思ったら、
「百人一首注釈書中の白眉」(島津忠夫)とのピア・レヴュー(同僚評価)もある『百人一首評解』
で石田吉貞までが次のように記していたとは(ノ_-;)トホホ…
・・・定家とは特に親しかったことが『明月記』に見え、定家はその歌を愛でてか、
『新勅撰集』には大輔の歌を、女子の歌の最高(十五首)にとっている。・・・
『新勅撰和歌集』に「十五首」入集で「女子の歌の最高」というのが間違いであることは、石田吉貞
自身が本書の相模のところで次のように記していることからも判る(^_^;)
・・・小倉百人一首の撰者定家は、妖艶な恋歌を好んだ故か、相模の歌を重視し、
『新勅撰集』には相模の歌を十八首とっている。(和泉式部十四首、紫式部五首、
伊勢大輔二首、赤染衛門一首、清少納言は一首も入っていない)。・・・
ここで石田吉貞が「十五首」の殷富門院大輔の名前を挙げていないのは、本書が56番の和泉式部から
80番の待賢門院堀河までを「後拾遺・金葉・詞花時代」としてカテゴライズし、相模(65番)を同じ
「後拾遺・金葉・詞花時代」の女流歌人と比べたためであって、殷富門院大輔は90番(また14首入集
の式子内親王は89番)なので「新古今時代」に分類されるからではないかと愚考(^_^;) ちなみに、
58番の大弐三位は3首、67番の周防内侍は3首、72番の祐子内親王家紀伊は1首、80番の待賢門院堀河
は5首と入ってるのに、62番の清少納言と60番の小式部内侍は「一首も入っていない」とは( ̄◇ ̄;)
岩波文庫の『新勅撰和歌集』、巻末の「作者別索引」で小生は数えたが、同じく巻末に置かれている
「解題」の「七 作者」には「主要歌人を収載歌数順に配列すれば、大体次の如くである(九首以下
は省略する)。」として男女混合のが載っていて、「一八首」に相模が、「一五首」に殷富門院大輔
が権中納言定家と内大臣(実氏)と並んで出ているけど、「一四首」は「紀貫之、西行法師、式子内
親王」となっていて、和泉式部を挙げるのを忘れてんじゃねーよヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンドモガァ!!
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240301昨日買った本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-03-01
3月は芸新+古本2冊を計1500円以内が至上命令o(-`д´- o)ガンバル!! 2月末に掘り出し物の古本が出たから注文しちゃったし、今朝Amazonマケプレで15000円超の古本を注文しちゃったから(-ω-、)【昨日買った本】細野不二彦『ギャラリーフェイク 38 妖[あやかし]への道』(小学館ビッグコミックス,2024)楽天ブックスで1月27日に675円(715円-40p)で予約した新品が発売日の2月29日に追跡可能なゆうパケットで届いたよウラー!(^o^)丿 細野不二彦だから本巻も読ませるヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪ ART.1 ウラVSウラ ART.2 不安のかたち[ムンク「病める少女」] ART.3 人形[ドール]に絆[ジュモー社ビスク・ドール] ART.4 モネの橋のたもとにて ART.5 妖[あやかし]への道[狩野派「百鬼夜行図」]特集「ムンクと女」がメチャ興味深い芸術新潮1992年6月号の「なかでも最愛の姉ソフィーエの姿をモティーフにした《病める子》には、死を間近に迎えんとする少女の透明感ある清楚な横顔の中に、生と死という表裏一体の世界が、静かに、しかし強烈に描き出されている。」という説明にナルホドと思いながら同号に掲載されてる図版を眺めるも、同誌2018年11月号の特集「豪華2本立て大特集!ルーベンス&ムンク」に掲載されている「横顔」を拡大した図版で見ると、うーん、・・・(@_@;)なお、この「不安のかたち」の最終頁で「おつかれのところ、特製カフェラテよ。一杯召しあがれ♡」とフジタに出した「ムンクの〝叫び〟ラテ。」、「サラのオリジナルラテアート付きよ♫」とサラは言うが、ネット検索したけど「オリジナル」と言い切れるのかなぁ(^_^;)ヾ( ̄o ̄;)フェイクだと?・フェイク情報も発信しちゃってるのが『ギャラリーフェイク 36 ミャンマー共和国混沌紀行』で、 マーク・ランディスは「RANDIS」ではなく「LANDIS」ヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!! ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-03-05・『ギャラリーフェイク 34 闇とカラバッジョ』(小学館ビッグコミックス,2018)の中でマルセル・ デュシャン《泉》を「サイン自体 本人の名でさえない架空のものさ」と藤田は解説..
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middrinn
2024-03-01T17:59:07+09:00
出たから注文しちゃったし、今朝Amazonマケプレで15000円超の古本を注文しちゃったから(-ω-、)
【昨日買った本】
細野不二彦『ギャラリーフェイク 38 妖[あやかし]への道』(小学館ビッグコミックス,2024)
楽天ブックスで1月27日に675円(715円-40p)で予約した新品が発売日の2月29日に追跡可能な
ゆうパケットで届いたよウラー!(^o^)丿 細野不二彦だから本巻も読ませるヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪
ART.1 ウラVSウラ
ART.2 不安のかたち[ムンク「病める少女」]
ART.3 人形[ドール]に絆[ジュモー社ビスク・ドール]
ART.4 モネの橋のたもとにて
ART.5 妖[あやかし]への道[狩野派「百鬼夜行図」]
特集「ムンクと女」がメチャ興味深い芸術新潮1992年6月号の「なかでも最愛の姉ソフィーエの姿を
モティーフにした《病める子》には、死を間近に迎えんとする少女の透明感ある清楚な横顔の中に、
生と死という表裏一体の世界が、静かに、しかし強烈に描き出されている。」という説明にナルホド
と思いながら同号に掲載されてる図版を眺めるも、同誌2018年11月号の特集「豪華2本立て大特集!
ルーベンス&ムンク」に掲載されている「横顔」を拡大した図版で見ると、うーん、・・・(@_@;)
なお、この「不安のかたち」の最終頁で「おつかれのところ、特製カフェラテよ。一杯召しあがれ♡」
とフジタに出した「ムンクの〝叫び〟ラテ。」、「サラのオリジナルラテアート付きよ♫」とサラは
言うが、ネット検索したけど「オリジナル」と言い切れるのかなぁ(^_^;)ヾ( ̄o ̄;)フェイクだと?
・フェイク情報も発信しちゃってるのが『ギャラリーフェイク 36 ミャンマー共和国混沌紀行』で、
マーク・ランディスは「RANDIS」ではなく「LANDIS」ヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-03-05
・『ギャラリーフェイク 34 闇とカラバッジョ』(小学館ビッグコミックス,2018)の中でマルセル・
デュシャン《泉》を「サイン自体 本人の名でさえない架空のものさ」と藤田は解説してるが・・・
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2018-09-29
・『ギャラリーフェイク 37 フリーポートの修復家』(小学館ビッグコミックス,2023)において
トゥールーズ=ロートレックについて「後天的障害を負い」云々と記すが「遺伝性」かと(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-03-07
・細野不二彦が漫画家としてデヴューし歩み始める78~79年を描く自伝的漫画『1978年のまんが虫』(^^)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-01-06
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240229読んだ本
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2024-02-29
紫式部を特別視したい人々(信者)にとっては絶対に堅持しなければならない定説だったり(@_@;)【読んだ本】森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本 ・・・/[長保3年(1001年)8月]十二日、殿上で侍臣たちの私的な酒宴があり、 酩酊するもの多く、なかでも左源亜相(相は将の誤り)はしたたかに酔いつぶれて いる。左源亜将は左中将源経房のことであろう。[藤原]行成も日が暮れてから 右中弁源道方と共に退出したが、「月に乗じて帰り畢[おわ]んぬ」とある[日記] 『権記』の筆致には、不安な世相にふさわしくなく、どこか浮き浮きとした気分が 漂っているような気がする。/・・・黒板伸夫(日本歴史学会編集)『藤原行成』(吉川弘文館人物叢書,1994新装版)130頁の記述だが、この「月に乗じて」(国際日本文化研究センター「摂関期古記録データベース」は「月に乗りて」と訓読し、倉本一宏[全現代語訳]『藤原行成「権記」(中)』[講談社学術文庫,2012]122頁は「月に乗って」と訳)に萌え(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-03-16 )、この表現が藤原実資の日記『小右記』あるいは『吾妻鏡』にも見られ、典拠は漢詩文らしく謝霊運の「入華子岡是麻源第三谷(華子崗に入る、是れ麻源の第三谷なり)」(『文選』)やソレを踏まえた菅原道真「北堂の文選竟宴に、各おの句を詠ずるに、『月に乗じて潺湲を弄ぶ』を得たり」(『菅家文草』)に遭遇(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-08 )ウラー!(^o^)丿岑参も詩作に用いてた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-09-17 )(^^)さて、さて、さ~て!漢詩文だけでなく和歌でも用いられていることを本書から教えられた(⌒~⌒) 九月十三夜、人々ぐして小侍従のもとへゆきたるに、おはしまさずといふに、 またそこへたづねゆきて、ものがたりなどするついでに 月にのりあはぬものゆゑかへらましふかき思ひのしるべそへずは 九月十三夜に人々といっしょに小侍従のもとへ行ったところ、「おいでに なりません」と..
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middrinn
2024-02-29T15:59:05+09:00
【読んだ本】
森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本
・・・/[長保3年(1001年)8月]十二日、殿上で侍臣たちの私的な酒宴があり、
酩酊するもの多く、なかでも左源亜相(相は将の誤り)はしたたかに酔いつぶれて
いる。左源亜将は左中将源経房のことであろう。[藤原]行成も日が暮れてから
右中弁源道方と共に退出したが、「月に乗じて帰り畢[おわ]んぬ」とある[日記]
『権記』の筆致には、不安な世相にふさわしくなく、どこか浮き浮きとした気分が
漂っているような気がする。/・・・
黒板伸夫(日本歴史学会編集)『藤原行成』(吉川弘文館人物叢書,1994新装版)130頁の記述だが、
この「月に乗じて」(国際日本文化研究センター「摂関期古記録データベース」は「月に乗りて」と
訓読し、倉本一宏[全現代語訳]『藤原行成「権記」(中)』[講談社学術文庫,2012]122頁は「月
に乗って」と訳)に萌え(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-03-16 )、
この表現が藤原実資の日記『小右記』あるいは『吾妻鏡』にも見られ、典拠は漢詩文らしく謝霊運の
「入華子岡是麻源第三谷(華子崗に入る、是れ麻源の第三谷なり)」(『文選』)やソレを踏まえた
菅原道真「北堂の文選竟宴に、各おの句を詠ずるに、『月に乗じて潺湲を弄ぶ』を得たり」(『菅家
文草』)に遭遇(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-08 )ウラー!(^o^)丿
岑参も詩作に用いてた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-09-17 )(^^)
さて、さて、さ~て!漢詩文だけでなく和歌でも用いられていることを本書から教えられた(⌒~⌒)
九月十三夜、人々ぐして小侍従のもとへゆきたるに、おはしまさずといふに、
またそこへたづねゆきて、ものがたりなどするついでに
月にのりあはぬものゆゑかへらましふかき思ひのしるべそへずは
九月十三夜に人々といっしょに小侍従のもとへ行ったところ、「おいでに
なりません」というので、またそちらへ尋ねて行って、よも山話をする折に
ごいっしょに月を楽しむことができないからと、そのまま帰ってしまったこと
でしょう、もしあなたを思う深い思いに導かれなかったならば。
返歌は省略したが、「月にのり」の語釈に「月の興に乗って。月のおもしろさに熱中する意。「にほ
の海や秋の夜わたるあま小舟月にのりてや浦づたふらん」(玉葉集秋下、俊成女)。」とあるよ(^^)
気になるのは、「月に乗り」という表現を和歌に用いた殷富門院大輔も俊成女も女性で、当時の女性
は漢詩文を読まないとされていること(@_@;) 「月に乗り」を用いた男性歌人による先行歌が存在
したのかな(@_@;) 他方で、春名好重『能書百話』(淡交社,1986)は次のように主張するのだが
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-03-26 )(@_@;)
・・・『紫式部日記』に書いていることを誤解して、当時の女は漢籍は読まなかったとか、
漢字は書かなかったとか、漢字は知らなかったとかといっているが、当時の女も漢籍を読み、
漢字を書いていた。ただ人前で漢字を読んだり書いたりすることを慎みがないといっていた
だけである。『白氏文集』や『文選』は男も女もよく読んでいた。・・・
・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
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