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220510読んだ本

紫式部の清少納言酷評は目屎鼻屎を笑う類いオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)ヾ( ̄o ̄;)オイオイ俄仕込みで語る?
紫式部にも清少納言にも詳しい研究者のエッセイ集を今朝注文したけど金曜に届きますよーに(^o^)丿
従来なら火曜夜発送は木曜昼着だが、今夜発送で来週の月曜火曜に届いたら暴れちゃうぞヾ(`◇´)ノ
楽天市場お買い物マラソンのスロット20pが当たりそうな気配も無く見切り注文した次第(ノ_-;)トホホ…

【読んだ本】

圷美奈子『コレクション日本歌人選007 清少納言』(笠間書院,2011)

白居易(白楽天)の漢詩句「香鑪峯の雪は簾を撥[かか]げて看る」を踏まえた『枕草子』の有名な
場面、「中宮[定子]の意図は、白詩の世界をこの後宮の日常に再現することであった」と評してる
研究者がいるので、「再現する」なら清少納言は白居易の如く「寝たまま」御簾を「はね上げ」ない
とおかしいと先日指摘(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-04 )(^_^;)

ところが、圷美奈子は清少納言が意図的にやったかのように本書54~54頁に記している( ̄◇ ̄;)エッ!?

    ・・・/紫式部は、『源氏物語』「朝顔」巻で、「冬の夜の澄める月」をめぐり、
    光源氏に、「すさまじき例に言ひ置きけむ人の、心浅さよ」(例に挙げた人の
    センスのなさよ)と言わせている。『枕草子』の話でも有名な「香炉峰の雪」の詩
    (『白氏文集』)に拠る場面だ。清少納言は、そのとき、御簾を「高く」揚げる
    というただひとつの動作によって、定子のもとに集う人々の、「思うことなき」
    心情を鮮やかに表現した。原詩の意味を大きく転じ、今ここに生きる者の言葉
    として、再生したのである(「雪のいと高く降りたるを」二七八段)。

     遺愛寺ノ鐘ハ枕ヲ欹テテ聴キ、香炉峰ノ雪ハ簾ヲ撥[かか]ゲテ看ル

    匡廬における、白楽天の草堂の御簾は下ろされた状態で、雪山も、寝たままわずかに
    撥[は]ね上げて見遣るのみであった。/・・・

この『源氏物語』の件、本書は注記もないけど、下記の各注釈書によると、「言ひ置きけむ人」とは
清少納言のことを指すとする解釈が古来あるも、「すさまじき例」に「冬の夜の澄める月」を挙げて
いる記述は『枕草子』の現存本には無く、紫式部は相変わらず性格が悪・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;クレームクルゾ!

この『枕草子』の有名な場面、白居易の「原詩の意味」と異なることを指摘しているのは流石(^o^)丿
でも、圷美奈子は清少納言が白居易の「原詩の意味を大きく転じ」たと評してるけど、そもそも清少
納言が「原詩の意味」を正しく理解していたことを示すようなものが存在するのかねC= (-。- ) フゥー
「原詩の意味を大きく転じ」る以前に、元々「原詩の意味」を清少納言は正しく理解してなかった、
てゆーか、紫式部を含めて同時代の人々は皆理解していなかったと愚考〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

そう考える根拠は、先ず『源氏物語』の叙述で、「朝顔」の当該件を阿部秋生&秋山虔&今井源衛&
鈴木日出男(校注・訳)『新編日本古典文学全集21 源氏物語②』(小学館,1995)による現代語訳
(同書490~491頁)で引く(⌒~⌒)

    ・・・/雪がひどく降り積っているうえに今もちらついていて、松と竹との姿も
    それぞれに違いがおもしろく見える夕暮に、[源氏の]大臣の君のご容貌も一段と
    輝きが増しているように見える。「四季折々につけて世間の人が心ひかれるらしい
    花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄みきった月の光に雪の照り映えている空こそが、
    はなやかな色のない眺めながらなぜか身にしみて、おのずと来世のことにまでも
    思いを馳せずにはおられず、見た目の美しさもしみじみとした情感もこれ以上の
    ものはないと感じられる折です。興ざめなものの例に言い残しておいたとかいう
    人の考えの、なんと浅いことか」とおっしゃって、御簾を巻き上げさせなさる。
    ・・・

最後の一文、「御簾捲き上げさせたまふ」(同書490頁)となっている点は要注目だろ( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

また「総角」の巻からも阿部秋生&秋山虔&今井源衛&鈴木日出男(校注・訳)『新編日本古典文学
全集24 源氏物語⑤』(小学館,1997)の現代語訳(同書332~333頁)で引く(⌒~⌒)

    ・・・/雪があたりも暗く降り続く日、中納言[=薫]はうつろな物思いに日を
    お暮しになったが、夜を迎えると、世間でおもしろからぬ譬[たとえ]に引く
    という十二月の月が曇りなくさしのぼってきたので、簾を巻き上げてごらんに
    なると、向こうの寺の鐘の声が、「枕をそばだてて聴く」の風情に、・・・

こちらでも「簾捲き上げて見たまへば」(同書332頁)となっている点に注目されたいC= (-。- ) フゥー

モチ両書とも白居易の「香鑪峯の雪は簾を撥[かか]げて看る」に拠った叙述であると指摘(⌒~⌒)

なお、石田穣二&清水好子(校注)『新潮日本古典集成 源氏物語 七』(新潮社,1983)の「総角」の
「簾巻き上げて見たまへば」(同書113頁)に付された頭注15(同書113頁)には〈御簾を巻き上げて
ご覧になると。以下の文「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴く 香炉峯の雪は簾を撥[まきあ]げて看る」
(『白氏文集』・・・〉とあり、このルビを見ると、どうやら石田穣二は「白詩の世界をこの後宮の
日常に再現」し得たとマジ思い込んでそう(^_^;) 『白氏文集』を確認しろよオホホホ( ^^)/~~~~ ピシッ!

紫式部も「捲き上げ」「巻き上げて」と記すが、そもそも「撥げて」は「はね上げて」の意であり、
松原朗『唐詩の旅 長江篇』(現代教養文庫,1997)も〈「簾を撥[かか]ぐ」とは、寝そべったまま
手を伸ばして、簾をちょっと撥[はじ]き上げる仕草である。〉云々と解説してるように、お布団に
ぬくぬくと入ったまま出ようとしないグータラぶりこそが白居易の漢詩文の本質・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;

中宮彰子に『白氏文集』を講義していたと自慢げな紫式部も、清少納言と同様に、白居易の漢詩句を
正しく理解していなかったわけだが、この誤読は実は彼女たちに限らなかった可能性がある(@_@;)

そう考えるのは、菅野禮行(校注・訳)『新編日本古典文学全集19 和漢朗詠集』(小学館,1999)が
「撥[かか]げて」に付した頭注で次のように記していたから(@_@;)

    はね上げる。嘉禎本「マキアゲテ」、『永済注』「マイテ」、『東大本私注』
    「アゲテ」と付訓。底本「巻」に作るが、葦手本以下、『文集』等に拠り改む。    

清少納言や紫式部だけではなく、ずっと〈巻き上げる〉と誤読されてたみたい(@_@;) 『枕草子』に
載っている藤原公任と清少納言の遣り取りが、誰の何という漢詩文に拠ったものなのか、金子彦二郎
が『白氏文集』に基づいていることを明らかにするまで「数百年の間」誰も分からなかったという話
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2020-07-19 )を思い出す(^_^;) その後の誤読
は清少納言が「原詩の意味を大きく転じ」たのが契機だったという論旨だったのなら、清少納言以前
に原詩に忠実に解釈していた人物が存在したことを圷美奈子は文献で示してほしいね( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
タグ:中国 古典
コメント(4) 

コメント 4

ナベちはる

エッセイ集、何事もなく金曜日に届きますように!
あわよくば、マラソンのスロットで当たるポイントも…!!
by ナベちはる (2022-05-11 00:40) 

middrinn

GW明けで郵便物が溜まっていることが懸念材料ですね(^_^;)
by middrinn (2022-05-11 04:58) 

tai-yama

24年の大河は紫式部・・・・吉高タン。はぁはぁはぁ。
もしかしたら、大河に白居易が出てきたり(笑)。
by tai-yama (2022-05-11 23:42) 

middrinn

隠れて中宮彰子に『白氏文集』を講義する場面はありそう(^_^;)
by middrinn (2022-05-12 05:25) 

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