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210619読んだ本

読書の厄介なところは、気になる点に付箋した関連書さえ失念してることである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)
付箋に他方の文献名等を書き込んで相互参照が出来るようにしておかないと〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
新たに「改版」のを買った時に古いのに貼ってた書き込み入りの付箋を移してなかったからなぁ(´・_・`)

【読んだ本】

田中義成『足利時代史』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

すっかり忘れてた本書のこと思い出し披いたら、前に拾い読みで付箋を貼った箇所に次の件( ̄◇ ̄;)

    ・・・又[大内]義弘が南朝の皇子兵部卿師成親王を奉じて出陣せる事は、
    南朝編年紀事略に見ゆ。其拠る所詳かならざれど、この親王が大内家に
    御座せし事は、李花集の奥書に見えて確実なり。この役[=応永の乱]に
    南朝方なる菊池・楠木二氏の兵が、義弘の軍に加わりし事、応永記に見ゆれば、
    それ等は此親王と連絡ありしなるべし。此に由りて之を観れば、義弘は、
    或は南朝を再興して、足利氏を顚覆せんとする計画なりしやも知るべからず。
    /・・・

渡邊大門編『戦乱と政変の室町時代』(柏書房,2021)第3章の浅野友輔「応永の乱」は、佐藤進一
『日本の歴史9 南北朝の動乱』(中公文庫,1974→2005改版)の次の指摘について全く論じてないと
書いたのは、つい先日のこと(@_@;)

    ・・・満兼は興福寺に誘いの手をのばして、

      「天命を奉じて暴乱を討ち、国を鎮め民を安んぜんとす」

    と、挙兵の目的を明らかにした。これが義弘のいう諫めの実体である。
    また、これまでの反乱者が南朝に走り、皇胤をかついだのにたいして、
    満兼が中国の革命思想によって天命をかかげたことは注目に値する。・・・

「われわれは今、南北朝政治史を詳細にあとづけようとすれば、少なくとも田中の『南北朝時代史』
にまで立ちもどらなければならない。」と同書の「はじめに」で宣言していた佐藤進一が、田中義成
『足利時代史』が指摘する事実をスルーしてるのは何故なのかな(@_@;) 田中義成『南北朝時代史』
(講談社学術文庫,1979)じゃないから・・ヘ(__ヘ)☆\(^^; これは足利満兼ではなく大内義弘の反乱
「計画」にすぎないからか、あるいは「其拠る所詳かならざ」ることだったということかな(@_@;)

また『戦乱と政変の室町時代』に関連して本書を拾い読みすると次の件があり、ややっこしい(^_^;)

    ・・・/永享元年六月、[足利]持氏は陸奥白河の結城氏朝、下野の那須氏資の両氏を
    攻めたり。両氏はいずれも京都方として持氏に反抗する為めなり。・・・


    ・・・/この[結城合戦の]時の豪族中尤も勢力あるは結城家なり。一は白川[ママ]
    結城家にて、無二の京都方なり。一は下総の結城家にて、二孤[持氏の遺児の春王・安王]
    を奉じたるものなり。二家共にその主人は氏朝と称したれば、諸書混じて之を一人とせり。
    しかるに白川は弾正少弼氏朝、下総は中務少輔氏朝にて別人なり。・・・

・秦野裕介「観応の擾乱」は「九州だけは南朝が・・・支配した」とするが、「九州」は誇張(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-05-22

・市川裕士「明徳の乱」は教わることが多く目から鱗ボロボロも『明徳記』を誤読してる疑い(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-05-23

・浅野友輔「応永の乱」、「満兼が中国の革命思想によって天命をかかげたこと」は一顧だにせず(..)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-06-05

・千葉篤志「上杉禅秀の乱」では虚偽の情報に振り回される貞成親王の『看聞日記』が笑える(^_^;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-06-09

・中根正人「永享の乱」、『鎌倉持氏記』が用いられるようになったのは国文学者の研究が契機(゚o゚;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-06-14

・前川辰徳「結城合戦」、「結城氏朝は当初幕府方として反乱軍の鎮圧にあたっていた」とは( ̄◇ ̄;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-06-16
タグ:歴史
コメント(10) 

コメント 10

ナベちはる

付箋がペタって貼ってあるだけだと「そこに何かしら大切なことが書いてあるページ」だとは分かりますが、貼ってから時間が経つとそれすら判らなくなってなってしまいますね…(^^;
by ナベちはる (2021-06-20 02:05) 

middrinn

たしかに、どうして貼ったのか、理由も書き込んでおかないと(^_^;)
by middrinn (2021-06-20 05:30) 

df233285

貴重な本らしいですね。御紹介どうもありがとうございました。
こんかい御紹介されたのは、最近の著作ではなくて、元が
今より室町時代にかなり近かった、明治時代の歴史書だった
んですね。
by df233285 (2021-06-20 07:23) 

middrinn

本書は大正12年(1923年)刊行で、『織田時代史』(講談社学術文庫,1980)、
『豊臣時代史』(講談社学術文庫,1980)など、4冊全て没後に編まれた講義録
です(^^) 『南北朝時代史』(講談社学術文庫,1979)巻頭の三上参次「田中博士
の閲歴」や佐藤進一『日本の歴史9 南北朝の動乱』(中公文庫,1974→2005改版)
の「はじめに」は田中義成や南北朝史の研究について一読の価値あります(^o^)丿
by middrinn (2021-06-20 07:48) 

そら

付箋で整理、便利ですね!
私は付箋を貼っても活用しないままな方が多いですが(^^;
by そら (2021-06-20 08:34) 

middrinn

あの本にも書いてあったな、という記憶も薄れてしまいますけど、
付箋に書いといても年月を経ると字が薄くなっちゃいます(^_^;)
by middrinn (2021-06-20 09:26) 

ネオ・アッキー

middrinnさんこんにちは。
付箋の厄介な所は、付箋が箱に収まらないことである。
by ネオ・アッキー (2021-06-20 14:06) 

middrinn

( ^o^)ノ◇ 山田く~ん 座布団1枚 ♪
貼り過ぎて膨らんでも「函」(←本箱の意
でなければ、本の場合は「函」かと)には
入らなくなってしまい困りますね(^_^;)
by middrinn (2021-06-20 15:26) 

tai-yama

結城氏朝は「京都方」と「二孤」の二刀流。
時代が時代ならMVP・・・・
by tai-yama (2021-06-20 23:11) 

middrinn

実は同一人物で分身の術を使ったのかも(^_^;)
by middrinn (2021-06-21 05:17) 

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