220410読んだ本
お前らホントに専門家か?と問い質したくなる研究者がヾ(`◇´)ノヾ( ̄o ̄;)オイオイお前は素人だろ!
登場人物の口から発せられた有名なフレーズ、そこに秘められた作者の意図や効果を明らかにせずに
単に出典を示すだけとは、実は作品を理解してない注釈者たちかも(ノ ̄皿 ̄)ノアタマツカエ!┫:・’.
【読んだ本】
梶原正昭&大津雄一&野中哲照(校注・訳)『新編日本古典文学全集53 曾我物語』(小学館,2002)
『伊勢物語』にも登場して有名な文徳天皇の第一皇子の惟喬親王(母は紀名虎女)は、皇太子の座を
第四皇子の惟仁親王(後の清和天皇で、母は藤原良房女)と争って敗けたとする風説・伝説があり、
『曾我物語』もその設定(^_^;) 皇位継承争いに敗れると、「それより一の宮[惟喬親王]は比叡山
の麓小野といふ所に引き籠らせ給ひけり。」(本書27頁)として『曾我物語』には『古今和歌集』&
『伊勢物語』等を元ネタにした場面があり、本書27~29頁の現代語訳を(和歌を補って)引く(^_^;)
・・・/在原中将業平は、昔、[惟喬親王と]深く君臣の約束をした人であったので、
これほどにも深い雪を踏み分け踏み分けして、ただ一人[小野の惟喬親王を]お訪ね
申しあげたのは情け深いことであった。そうでなくてさえ、人の往来もなく草も枯れて、
冬の山里は寂しいものなのに、まして降り積る雪の中を、誰が訪ね参ろうか。一面に
白妙となった庭には、足跡も付けられていない。宮[=惟喬親王]は、廂[ひさし]
近くにお出ましになって、「香炉峰の雪は、簾を掲げて見る」などと口ずさまれ、
四方の山のほとりをぼんやりと眺められていたその時、在中将が参上したのを御覧に
なって、夢なのか現実なのか、現実とも夢とも全く分別のおつきにならないような
ご様子である。中将もまた、このようなご様子を拝見すると、ますます涙を抑[ママ]
えかね、かつての重陽の御遊び、交野の御野の御狩など思い出されて、しみじみと
悲しかったので、中将は泣く泣く、このように思いのほどを連ねた。
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見んとは
(現実であることを忘れ夢ではないかと思ってしまいます。
こんなことを想像したことがあったでしょうか。雪を踏み
分けてお目にかかることになりましょうとは)
宮も悲しくお思いになって、涙を押えられて、このように詠まれた。
夢かとも何か思はん世の中を厭はざりけることぞ悔しき
(この現実をどうして夢かと思おうか。私は今まで世を
逃れなかったことを後悔しているほどだ)
・・・
「夢かとも」は『新古今和歌集』入集(語句異同)、〈が、惟喬親王その人にも伝説の靄は懸かって
いる。この歌も、業平の「わすれては……」の歌物語だけでは満足できない後人が親王の立場で唱和
したものでないとも断言できない」と久保田淳『新古今和歌集全注釈 六』(角川学芸出版,2012)(^^)
さて、さて、さ~て! 惟喬親王が〈・・・「香炉峰の雪は、簾を掲げて見る」なんど御口ずさみ、
四方[よも]の山辺を眺めさせ給ふ折節、・・・〉という描写(本書27頁)は味わい深いね(⌒~⌒)
ところが、「香炉峰の雪は・・・」に付された本書の頭注11(本書27~28頁)は次の通り( ̄◇ ̄;)
「遺愛寺ノ鐘ハ枕ヲ攲テテ聴ク、香炉峰ノ雪ハ簾ヲ撥ゲテ看ル」(和漢朗詠集・
下・山家)による。原拠は、『白氏文集』一六「香炉峰ノ下、新タニ山居ヲ卜シ
草堂初メテ成ル。偶題東壁ニ題ス五首」。香炉峰は、廬山の一峰。
出典の説明にすぎず、「比叡山の麓小野」の雪が「香炉峰の雪」の如き絶景で惟喬親王はソレに心を
奪われて「ぼんやりと眺められていた」程度の解釈かもヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 『和漢朗詠集』「による」と
あるが、梶原正昭、大津雄一、野中哲照の訳注者達は『和漢朗詠集』しか参照せず、『白氏文集』の
「香炉峰ノ下、新タニ山居ヲ卜シ草堂初メテ成ル。偶題東壁ニ題ス五首」までは未確認かもね(^_^;)
この(『枕草子』で有名な)「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」が出てくる白居易(白楽天)「香爐峯
下新卜山居草堂初成偶題東壁」(香爐峯下、新たに山居を卜し、草堂初めて成る。偶々東壁に題す)
という七言律詩の連作5首(の第4首)は、白居易(白楽天)が江州に左遷された後の作品であるし、
「爭はず龍尾道前に行くを」(もう官吏となって竜尾道[=官吏の出世道]を争って升[のぼ]ろう
とは思わない)、「官途此より心に長く別る」(これからは、官界の事は永久に忘れ)等々の詩句も
実は含まれているのだ(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-09 )(⌒~⌒)
そんな白居易に惟喬親王は自身を重ね合わせて「口ずさ」んだと読み解けるオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)
皇位継承争いに敗れて都から離れ山里に引き籠もった風に描かれる惟喬親王と、政治的敗北を喫して
左遷された江州の草堂に住んで都=長安の官界とは決別するとする白居易のアナロジーv( ̄∇ ̄)ニヤッ
だけど、お布団に入ったまま「簾を撥げて看」た白居易みたいにグータラしてな・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;
・「白詩の世界」を「再現する」なら、清少納言は白居易の如く「寝たまま」御簾を上げないと(^_^;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-04
・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
登場人物の口から発せられた有名なフレーズ、そこに秘められた作者の意図や効果を明らかにせずに
単に出典を示すだけとは、実は作品を理解してない注釈者たちかも(ノ ̄皿 ̄)ノアタマツカエ!┫:・’.
【読んだ本】
梶原正昭&大津雄一&野中哲照(校注・訳)『新編日本古典文学全集53 曾我物語』(小学館,2002)
『伊勢物語』にも登場して有名な文徳天皇の第一皇子の惟喬親王(母は紀名虎女)は、皇太子の座を
第四皇子の惟仁親王(後の清和天皇で、母は藤原良房女)と争って敗けたとする風説・伝説があり、
『曾我物語』もその設定(^_^;) 皇位継承争いに敗れると、「それより一の宮[惟喬親王]は比叡山
の麓小野といふ所に引き籠らせ給ひけり。」(本書27頁)として『曾我物語』には『古今和歌集』&
『伊勢物語』等を元ネタにした場面があり、本書27~29頁の現代語訳を(和歌を補って)引く(^_^;)
・・・/在原中将業平は、昔、[惟喬親王と]深く君臣の約束をした人であったので、
これほどにも深い雪を踏み分け踏み分けして、ただ一人[小野の惟喬親王を]お訪ね
申しあげたのは情け深いことであった。そうでなくてさえ、人の往来もなく草も枯れて、
冬の山里は寂しいものなのに、まして降り積る雪の中を、誰が訪ね参ろうか。一面に
白妙となった庭には、足跡も付けられていない。宮[=惟喬親王]は、廂[ひさし]
近くにお出ましになって、「香炉峰の雪は、簾を掲げて見る」などと口ずさまれ、
四方の山のほとりをぼんやりと眺められていたその時、在中将が参上したのを御覧に
なって、夢なのか現実なのか、現実とも夢とも全く分別のおつきにならないような
ご様子である。中将もまた、このようなご様子を拝見すると、ますます涙を抑[ママ]
えかね、かつての重陽の御遊び、交野の御野の御狩など思い出されて、しみじみと
悲しかったので、中将は泣く泣く、このように思いのほどを連ねた。
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見んとは
(現実であることを忘れ夢ではないかと思ってしまいます。
こんなことを想像したことがあったでしょうか。雪を踏み
分けてお目にかかることになりましょうとは)
宮も悲しくお思いになって、涙を押えられて、このように詠まれた。
夢かとも何か思はん世の中を厭はざりけることぞ悔しき
(この現実をどうして夢かと思おうか。私は今まで世を
逃れなかったことを後悔しているほどだ)
・・・
「夢かとも」は『新古今和歌集』入集(語句異同)、〈が、惟喬親王その人にも伝説の靄は懸かって
いる。この歌も、業平の「わすれては……」の歌物語だけでは満足できない後人が親王の立場で唱和
したものでないとも断言できない」と久保田淳『新古今和歌集全注釈 六』(角川学芸出版,2012)(^^)
さて、さて、さ~て! 惟喬親王が〈・・・「香炉峰の雪は、簾を掲げて見る」なんど御口ずさみ、
四方[よも]の山辺を眺めさせ給ふ折節、・・・〉という描写(本書27頁)は味わい深いね(⌒~⌒)
ところが、「香炉峰の雪は・・・」に付された本書の頭注11(本書27~28頁)は次の通り( ̄◇ ̄;)
「遺愛寺ノ鐘ハ枕ヲ攲テテ聴ク、香炉峰ノ雪ハ簾ヲ撥ゲテ看ル」(和漢朗詠集・
下・山家)による。原拠は、『白氏文集』一六「香炉峰ノ下、新タニ山居ヲ卜シ
草堂初メテ成ル。偶題東壁ニ題ス五首」。香炉峰は、廬山の一峰。
出典の説明にすぎず、「比叡山の麓小野」の雪が「香炉峰の雪」の如き絶景で惟喬親王はソレに心を
奪われて「ぼんやりと眺められていた」程度の解釈かもヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 『和漢朗詠集』「による」と
あるが、梶原正昭、大津雄一、野中哲照の訳注者達は『和漢朗詠集』しか参照せず、『白氏文集』の
「香炉峰ノ下、新タニ山居ヲ卜シ草堂初メテ成ル。偶題東壁ニ題ス五首」までは未確認かもね(^_^;)
この(『枕草子』で有名な)「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」が出てくる白居易(白楽天)「香爐峯
下新卜山居草堂初成偶題東壁」(香爐峯下、新たに山居を卜し、草堂初めて成る。偶々東壁に題す)
という七言律詩の連作5首(の第4首)は、白居易(白楽天)が江州に左遷された後の作品であるし、
「爭はず龍尾道前に行くを」(もう官吏となって竜尾道[=官吏の出世道]を争って升[のぼ]ろう
とは思わない)、「官途此より心に長く別る」(これからは、官界の事は永久に忘れ)等々の詩句も
実は含まれているのだ(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-09 )(⌒~⌒)
そんな白居易に惟喬親王は自身を重ね合わせて「口ずさ」んだと読み解けるオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)
皇位継承争いに敗れて都から離れ山里に引き籠もった風に描かれる惟喬親王と、政治的敗北を喫して
左遷された江州の草堂に住んで都=長安の官界とは決別するとする白居易のアナロジーv( ̄∇ ̄)ニヤッ
だけど、お布団に入ったまま「簾を撥げて看」た白居易みたいにグータラしてな・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;
・「白詩の世界」を「再現する」なら、清少納言は白居易の如く「寝たまま」御簾を上げないと(^_^;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-04
・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
"世の中を厭はざりけることぞ悔しき"実は、現在の状況を後悔
していないのでは?と思ったり。
私だって、出世・結婚後悔してないんだから(笑)。
by tai-yama (2022-04-11 23:19)
左遷された白居易が長安に戻されたことを惟喬親王が知ってたかどうかですね(^_^;)
tai-yama様も、石田ゆり子や大原優乃と出逢って結婚できるかもしれません(^_^;)
by middrinn (2022-04-12 06:53)