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210817読んだ本

読書の厄介なところは、うどんを今だったら話題にしそうなことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
式部少輔・文章博士等から讃岐守への転出を左遷と受け止め都から離れたくない菅原道真に対する、
関係は良好だったとされている太政大臣の藤原基経(時平の父)からの詩句は惜別か激励か(@_@;)

【読んだ本】

坂本太郎(日本歴史学会編集)『菅原道真』(吉川弘文館人物叢書,1962→1990新装版)
平田耿二『消された政治家 菅原道真』(文春新書,2000)
藤原克己『菅原道真 詩人の運命』(ウェッジ選書,2002)所蔵本
滝川幸司『菅原道真 学者政治家の栄光と没落』(中公新書,2019)

坂本太郎(日本歴史学会編集)『菅原道真』(吉川弘文館人物叢書,1962→1990新装版)69~70頁は、
そのシーンを次のように叙述している〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

    ・・・/赴任に先だって、宮中の内宴に侍したが、その時太政大臣基経は道真の前に立ち、

      明朝風景、何人にか属す。

    と吟じ、これを道真に高く吟じさせた。かれはこれを吟じようとしたが、心神迷乱して
    わずかに一声を発したのみで嗚咽した。宴がやんで家に帰ったが、終夜眠らなかったと、
    かれは述懐する。こんなにかれの興奮したのは何故であろうか。ただ都をはなれること
    の感傷だけなのか。基経のかれへの関心に対する反応なのか。基経は別に東閤において
    かれの餞[はなむけ]の宴を設けた。その時の、かれの詩にいう。

      吏となり儒となり国家に報ず。百身独立す、一恩の涯。東閤を辞せんと欲して、
      何をか恨みとなす。明春洛下の花を見ざること。

    ここでは気をとり直して殊勝の元気を示している。そして基経との親近感は失われて
    いないように思われる。・・・

平田耿二『消された政治家 菅原道真』(文春新書,2000)55頁も一応引いておこうか( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

    ・・・二週間後に開かれた内宴の席上では、当時最高の権力者であった太政大臣
    藤原基経の励ましの言葉にも嗚咽したまま声が出ず、その夜はついに眠れなかった
    という(『菅家文草』巻三ノ一八四)。/・・・

藤原克己『菅原道真 詩人の運命』(ウェッジ選書,2002)には次の如し〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

    ・・・そして基経は、道真にとくに目をかけていたようです。それは、道真が
    讃岐に赴任することになった仁和二年正月の宮中内宴での次のようなエピソード
    からもうかがわれます。その内宴は道真に対する送別の宴も兼ねていて、そのこと
    じたい破格の待遇だったのですが、その宴で基経はわざわざ道真の前にやって来て、
    「明朝の風景は何人[なにびと]にか属さん」という白居易の詩句を吟じたのでした
    (『菅家文草』巻三)。これは明日からこの早春の風景を歌う詩人が京にいなくなる
    のは残念だという惜別の意をこめて、道真へのはなむけとしたものです。/・・・

滝川幸司『菅原道真 学者政治家の栄光と没落』(中公新書,2019)85~86頁では次の如く詳述して、
「この内宴で藤原基経は道真に慰めの言葉をかけた・・・」(同書87頁)としているC= (-。- ) フゥー

    ・・・/この内宴では、「宮妓が柳花怨の曲を奏するのを聴く」という題で詩が
    献じられることになった。詩を作る間、公卿が文人(献詩者)に盃を回すことになり、
    道真には太政大臣藤原基経がその役に当たった。当然、盃を断るわけにはいかない。
    基経は道真の前に立って去らず、たちまちに「明朝風景属何人」という詩句を朗々と
    吟じ、道真にも唱和を求めた。しかし、道真は心が乱れわずかに一声を発したのみで、
    涙を流し嗚咽するばかりであった。/藤原基経が吟じた詩句は、白居易の「元奉礼
    同宿が贈られたのに答える」(白氏文集・巻一四)の一句である。この詩は、白居易が
    宮中に宿直した際、同宿した元奉礼から送られた詩に答えた作で、翌日の多忙を念頭に
    置いて「明日の〔すばらしき〕風景は何人のものだろうか〔我々のものではあるまい〕」
    と詠んだのに対し、基経は、讃岐に向かう道真に向かって「明日の〔讃岐のすばらしい〕
    風景は何人のものだろうか〔もちろんあなたのものだ〕」と讃岐行きを慰め餞別したと
    考えられる([三木雅博]「平安朝文人と『白氏文集』」[『平安朝漢文学鉤沈』
    (和泉書院,2017)])。藤原基経が白居易の詩句を吟じたのは、基経自身がそれだけ
    白居易の作品に親しんでいたことを示し、その事実も興味深い。/・・・

それぞれの本の刊行年、性格(伝記か評伝か)、テーマ・焦点(政治家、詩臣[詩人]、儒臣[儒学
を基礎に置いた官僚])、著者の専門(歴史学、政治史、国文学)によって取り上げ方やその分量、
詩句に込めた基経の思いに対する理解が異なるが、とりわけ、詩句の解釈で国文学の専門家の見解が
割れてるのが気になる(@_@;) 滝川幸司が依拠している三木雅博の論稿には、都にまで伝わっている
讃岐国(香川県)の当時の有名な景勝地が何処なのか示されてるのかな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
なーんて、うどんレヴェルのツッコミはさておくとして、藤原克己・前掲書が紹介している菅原道真
の「讃岐守時代の諷諭詩的な作品の一つ」である「遊覧偶吟」(『菅家文草』巻四)と結び付けて、
藤原基経が道真の前で吟じた詩句を論じることも可能ではないかと愚考〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
「遊覧偶吟」の第七句と第八句を、藤原克己・前掲書から、その訳も付けて再び引く( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

    此間[この]勝境に主[あるじ]無しと雖も

    漸々に聞き来たる 妨げ有らんとすることを

     この讃岐の国の景勝にも、本来所有者など無いはずなのに、

     ここでも権勢家による土地の兼併[けんぺい]が進んでいるということで、
     いずれ自由に逍遥することもできなくなるかもしれない。

白居易の「勝地はもとより定まれる主なし おおむね山は山を愛する人に属す」(『和漢朗詠集』にも
入ってる)を踏まえてる由(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-07-26 )(^^)
コメント(8) 
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コメント 8

tai-yama

大宰府行くのも嫌!讃岐に行くのも嫌!と実は道真は田舎が
大嫌いだったのかも。自分だったら喜んで行くのに(笑)。
by tai-yama (2021-08-17 23:42) 

ナベちはる

惜別か激励か、どちらで取るかで印象が全く変わってきそうですね(◎_◎;)!!
by ナベちはる (2021-08-18 00:52) 

middrinn

漫画『応天の門』では遣唐使になって、
tai-yama様、唐に行きたいと漏らして
ましたから、唐は都会なのかな(^_^;)
by middrinn (2021-08-18 05:37) 

middrinn

基経の詩句を惜別なのか激励なのか、どちらに捉えるかで、
ナベちはる様、基経との関係性も違ってくるような(^_^;)
by middrinn (2021-08-18 05:38) 

美美

うどんと言えば、おろし醤油うどんにレンコンの天ぷらをトッピングするのが大好きです。
話題にしちゃいました(^^;
by 美美 (2021-08-18 10:09) 

middrinn

シンプルなだけにトッピングし甲斐がありますよね(^^)
美美様の釣果も添えたら、御馳走になりそうです(^o^)丿
by middrinn (2021-08-18 10:30) 

ニッキー

基経さんは激励のつもりでも、道真さんは惜別と
受け取っちゃったのかな・・・(⌒-⌒; )
讃岐や九州、職場が変わっても都下の私からすると
とても羨ましいんだけどなぁ=(^.^)=
by ニッキー (2021-08-18 21:00) 

middrinn

たしかに基経の意図だけでなく道真の受け取り方も論点ですね(^_^;)
道真の嗚咽は、実は、基経の言葉とは全く無関係だったりして(^_^;)
by middrinn (2021-08-18 21:07) 

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