SSブログ

160812読んだ本

昨日6時間かけてもダウンロード出来なかったWindows更新が5時間でインストールまで出来た幸せ^_^;

【読んだ本】

丸谷才一『たった一人の反乱』(講談社,1972)所蔵本

帯に「書き下ろし1000枚」とあるように、501頁もある厚~い単行本だから重くて持ち歩くのは辛いし、
中途で挫折するかと思いきや一気に読了(^^) 面白かったけど、巻措く能わざる面白さとは違うかな^_^;
第1刷は1972年4月20日発行で、読んだのは同年10月28日発行の第13刷だから、売れ行きが凄いね(@_@)
百目鬼恭三郎『現代の作家一〇一人』(新潮社,1975)によると「この三年間に三十万部売れ」た由^_^;
ストーリーは面白く、各キャラも生き生きしてて、てゆーか、し過ぎだろ^_^; 人の心には同調と逸脱
というアンビヴァレントなものへの欲求があるとはいえ、市民社会や家庭といった自分たちの世界に
生きながらも、その秩序や約束事を乱すわ、抵抗するわ、脱出を試みるわ、ささやかな(ちっぽけな?)
「たった一人の反乱」を各キャラが行なうもんだから大変コミカルでドタバタ劇にもなったりする^_^;
ただ、「現代風俗の戯画」(百目鬼)ゆえ、作品の舞台・背景(時事・社会問題)が非リアルな歴史的
知識でしかない世代=小生には「著者の仕掛け」(帯の週刊朝日6月2日号「康」氏評)を全て楽しめた
わけではないのかも(..) 風俗小説の宿命だけどね^_^; また、この小説の面白さは著者が主人公の口を
借りて随所で語ってる社会風刺や批評にもあるけど(なので、現代小説なのに付箋を貼りまくったが、
「女の官僚はいることはいるけれど役に立たないし」といった現内閣なら更迭されそうな暴言もある)、
著者のエッセイ集を愛読する小生でも興醒めした箇所があった(+_+) 角山榮『時計の社会史』中公新書
を取り上げた丸谷才一&木村尚三郎&山崎正和『「鼎談書評」三人で本を読む』(文藝春秋,1985)で
「私が以前書いた長篇小説の中で、美術史家が即興で時間[←時計?]について長い長い演説をする件
があるんです。その中で、西洋においては市民社会の象徴である時計塔が、日本では吉原に作られたと
いう話をさせました。」という箇所のことだけど、長過ぎるよ(+_+) そのこと自体も風刺のつもりかも
しらんけど、だとしたら、作中の聴衆の反応として「この話はまだつづくのかとうんざりしている気配
はなかったように思う。」とするのは変だし、この「長い長い演説」終了後に「たいていは賞讃と感嘆
の拍手だったようだ。」とか「前半は判りやすくておもしろいし、適当にエロチックでもある。評判が
よかったのは当然と言えよう。」等といった自画自賛ぶりには鼻白むわな(+_+) その少し後で「しかし
みんな、演説するのが好きだなあ。」「自己顕示欲でしょうかね」という批評も添えられてるけど^_^;
あと、個人的に気になったのは、再三にわたって作中で話題にされていることがあるんだけど、ほぉ、
よく調べたようだねぇ、と感心(←上から目線m(__)m)することもある一方、アホか!と呆れることも
あった(-"-) 最早この作品は『半落ち』ほどは読まれてないだろうから、そのデタラメぶりをわざわざ
「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」に書く気はないけどさ^_^; とまれ、読んで楽しかった(^^)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

昨夜は扇風機を消して眠れたけど、もしかして暑さのピークは過ぎたということだったら嬉しいな(^^)
タグ:鼎談 小説
コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0