240229読んだ本
紫式部を特別視したい人々(信者)にとっては絶対に堅持しなければならない定説だったり(@_@;)
【読んだ本】
森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本
・・・/[長保3年(1001年)8月]十二日、殿上で侍臣たちの私的な酒宴があり、
酩酊するもの多く、なかでも左源亜相(相は将の誤り)はしたたかに酔いつぶれて
いる。左源亜将は左中将源経房のことであろう。[藤原]行成も日が暮れてから
右中弁源道方と共に退出したが、「月に乗じて帰り畢[おわ]んぬ」とある[日記]
『権記』の筆致には、不安な世相にふさわしくなく、どこか浮き浮きとした気分が
漂っているような気がする。/・・・
黒板伸夫(日本歴史学会編集)『藤原行成』(吉川弘文館人物叢書,1994新装版)130頁の記述だが、
この「月に乗じて」(国際日本文化研究センター「摂関期古記録データベース」は「月に乗りて」と
訓読し、倉本一宏[全現代語訳]『藤原行成「権記」(中)』[講談社学術文庫,2012]122頁は「月
に乗って」と訳)に萌え(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-03-16 )、
この表現が藤原実資の日記『小右記』あるいは『吾妻鏡』にも見られ、典拠は漢詩文らしく謝霊運の
「入華子岡是麻源第三谷(華子崗に入る、是れ麻源の第三谷なり)」(『文選』)やソレを踏まえた
菅原道真「北堂の文選竟宴に、各おの句を詠ずるに、『月に乗じて潺湲を弄ぶ』を得たり」(『菅家
文草』)に遭遇(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-08 )ウラー!(^o^)丿
岑参も詩作に用いてた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-09-17 )(^^)
さて、さて、さ~て!漢詩文だけでなく和歌でも用いられていることを本書から教えられた(⌒~⌒)
九月十三夜、人々ぐして小侍従のもとへゆきたるに、おはしまさずといふに、
またそこへたづねゆきて、ものがたりなどするついでに
月にのりあはぬものゆゑかへらましふかき思ひのしるべそへずは
九月十三夜に人々といっしょに小侍従のもとへ行ったところ、「おいでに
なりません」というので、またそちらへ尋ねて行って、よも山話をする折に
ごいっしょに月を楽しむことができないからと、そのまま帰ってしまったこと
でしょう、もしあなたを思う深い思いに導かれなかったならば。
返歌は省略したが、「月にのり」の語釈に「月の興に乗って。月のおもしろさに熱中する意。「にほ
の海や秋の夜わたるあま小舟月にのりてや浦づたふらん」(玉葉集秋下、俊成女)。」とあるよ(^^)
気になるのは、「月に乗り」という表現を和歌に用いた殷富門院大輔も俊成女も女性で、当時の女性
は漢詩文を読まないとされていること(@_@;) 「月に乗り」を用いた男性歌人による先行歌が存在
したのかな(@_@;) 他方で、春名好重『能書百話』(淡交社,1986)は次のように主張するのだが
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-03-26 )(@_@;)
・・・『紫式部日記』に書いていることを誤解して、当時の女は漢籍は読まなかったとか、
漢字は書かなかったとか、漢字は知らなかったとかといっているが、当時の女も漢籍を読み、
漢字を書いていた。ただ人前で漢字を読んだり書いたりすることを慎みがないといっていた
だけである。『白氏文集』や『文選』は男も女もよく読んでいた。・・・
・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
【読んだ本】
森本元子『私家集全釈叢書13 殷富門院大輔集全釈』(風間書房,1993)所蔵本
・・・/[長保3年(1001年)8月]十二日、殿上で侍臣たちの私的な酒宴があり、
酩酊するもの多く、なかでも左源亜相(相は将の誤り)はしたたかに酔いつぶれて
いる。左源亜将は左中将源経房のことであろう。[藤原]行成も日が暮れてから
右中弁源道方と共に退出したが、「月に乗じて帰り畢[おわ]んぬ」とある[日記]
『権記』の筆致には、不安な世相にふさわしくなく、どこか浮き浮きとした気分が
漂っているような気がする。/・・・
黒板伸夫(日本歴史学会編集)『藤原行成』(吉川弘文館人物叢書,1994新装版)130頁の記述だが、
この「月に乗じて」(国際日本文化研究センター「摂関期古記録データベース」は「月に乗りて」と
訓読し、倉本一宏[全現代語訳]『藤原行成「権記」(中)』[講談社学術文庫,2012]122頁は「月
に乗って」と訳)に萌え(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-03-16 )、
この表現が藤原実資の日記『小右記』あるいは『吾妻鏡』にも見られ、典拠は漢詩文らしく謝霊運の
「入華子岡是麻源第三谷(華子崗に入る、是れ麻源の第三谷なり)」(『文選』)やソレを踏まえた
菅原道真「北堂の文選竟宴に、各おの句を詠ずるに、『月に乗じて潺湲を弄ぶ』を得たり」(『菅家
文草』)に遭遇(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-08-08 )ウラー!(^o^)丿
岑参も詩作に用いてた(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-09-17 )(^^)
さて、さて、さ~て!漢詩文だけでなく和歌でも用いられていることを本書から教えられた(⌒~⌒)
九月十三夜、人々ぐして小侍従のもとへゆきたるに、おはしまさずといふに、
またそこへたづねゆきて、ものがたりなどするついでに
月にのりあはぬものゆゑかへらましふかき思ひのしるべそへずは
九月十三夜に人々といっしょに小侍従のもとへ行ったところ、「おいでに
なりません」というので、またそちらへ尋ねて行って、よも山話をする折に
ごいっしょに月を楽しむことができないからと、そのまま帰ってしまったこと
でしょう、もしあなたを思う深い思いに導かれなかったならば。
返歌は省略したが、「月にのり」の語釈に「月の興に乗って。月のおもしろさに熱中する意。「にほ
の海や秋の夜わたるあま小舟月にのりてや浦づたふらん」(玉葉集秋下、俊成女)。」とあるよ(^^)
気になるのは、「月に乗り」という表現を和歌に用いた殷富門院大輔も俊成女も女性で、当時の女性
は漢詩文を読まないとされていること(@_@;) 「月に乗り」を用いた男性歌人による先行歌が存在
したのかな(@_@;) 他方で、春名好重『能書百話』(淡交社,1986)は次のように主張するのだが
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2023-03-26 )(@_@;)
・・・『紫式部日記』に書いていることを誤解して、当時の女は漢籍は読まなかったとか、
漢字は書かなかったとか、漢字は知らなかったとかといっているが、当時の女も漢籍を読み、
漢字を書いていた。ただ人前で漢字を読んだり書いたりすることを慎みがないといっていた
だけである。『白氏文集』や『文選』は男も女もよく読んでいた。・・・
・『枕草子』で最も有名な章段に不審なシーンがあるが疑問に思った研究者がいないのも不審(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2022-04-06
当時の女性は漢詩に感心(かんしん)がなかったとかだったり(笑)。
月末なら月に乗じて月跨ぎっ。
by tai-yama (2024-02-29 23:29)
デキにもゴキにも感心デキませんなC= (-。- ) フゥー
by middrinn (2024-03-01 05:25)
約6日サイクルでブログ記事を保管するPCと、月末にまとめて
ブログ記事を保管するPCという方法で、ブログデータの
バックアップを取っている小生には、2月の短さの影響が、その
作業で2月月末だけ4~5日打ち切りで、一番不自然に感じられる。
2024年3月1日明け方は雨模様だが、前日や前々日には窓辺に
西に傾く月が見え、晦日に月が有ると言うのは太陽暦なら当たり前
だが。2月の不揃いは、月齢に同期し無い暦にした見返りが、本来
なら大きく有るはずの物を少なくした感を、今年2月も感じさせる。
by df233285 (2024-03-01 07:00)
毎日更新されてらっしゃるんですから、毎日バックアップされてるのかと(^_^;)
拙ブログの原稿も保存しているUSBメモリに不具合が生じたので困ってます(+_+)
by middrinn (2024-03-01 15:11)