翻訳書の厄介なところは、原文に無い語句が補われた訳文とは判らぬことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)

【読んだ本】

倉本一宏(全現代語訳)『藤原道長「御堂関白記」(下)』(講談社学術文庫,2009)所蔵本

藤原道長の日記『御堂関白記』を本書の現代語訳で読んでいて目が留まったのは、長和4年(1015年)
閏6月9日条と同10日条である〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

     九日、丁亥。

    夕立があった。内裏から退出した。

     十日、戊子。 祈年穀奉幣宣命/虹の吉兆を勘申

    ・・・晩方、夕立があった。「昨日の夕立の際に、土御門第の仏堂の南の山の下に、
    虹が立った」ということだ。そこで(安倍)吉平を召して、このことの吉兆を問うた。
    申して云ったことには、「大した事はございません。自然にある事です」ということだ。

虹だと!もしかしたら吉兆かも!とウキウキワクワクしながら問い合わせた藤原道長、この勘申には
がっかりしたかも、とニヤニヤしながら読んだんだけど、国際日本文化研究センター「摂関期古記録
データベース」の書き下し文に「吉兆」という文字は無い(@_@;) 「殊」から深読みしたか(@_@;)

    ・・・晩頭、夕立あり。「昨日の夕立の間、堂の南の山の下に虹立つ」と云々。仍りて
    吉平を召し、之を問ふ。申して云はく、「殊なる事無し。自然の事なり」と云々。

また本書の長和4年(1015年)12月29日条の見出しには「怪異」、吉凶を問わなかったのかな(@_@;)

     二十九日、乙巳。 小鳥群飛の怪異

    この月の中旬、小鳥が群がって北に飛んでいったことが、数日あった。
    午の後剋から晩方に及んだ。