ホタルブクロが咲いたよ@ガスメーターとエアコン室外機の間ヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪ 午後から
雨という予報が大ハズレで雲一つなくカンカン照りだったぞ(-"-) 夕食後のデザートがカロリー高め
だったから寝る前に腹筋もう一回やらにゃo(-`д´- o)ガンバルゾ!! 健康診断に間に合うように(^o^)丿
【読んだ本】
杉本苑子『春風秋雨』(文春文庫,2001)所蔵本
続けて、この随筆集の「年の峠」という一篇を読んだので、気になる件を以下にメモ_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
・・・/「来しかた見れば長けれど、行く手を見ればなほ久し。年の峠の春の雲、
雲の彼方に鳥の音ぞする」と書かれた吉川英治先生の色紙を、私は所持している。
この詩がいつ作られ、「年の峠」なる意識が先生の、何歳の時点で持たれたかは
知らないが、未来にひらける明るい穏和な風光は、旺盛な作家活動を最期までつづけられ、
強靭な生命力で七十年の享年いっぱいを生き切られたかたでこそ、
観望できたものではないかと思う。/・・・
石川九楊『現代作家100人の字』(新潮文庫,1998)の「吉川英治──王朝の書をモデルに」も読む(^^)
・・・/ファンから求められれば、嫌がらずに色紙の筆を執った。・・・/
「大衆即大知識」「道」「朝の来ない夜はない」「我以外皆我師」「初心生涯」
「楽あるところに楽しみ楽なき所にも楽しむ」など、健全でいささか人生訓、
処世訓臭の強い語を好んで書き留めている。/吉川英治の書は和様の系譜の書である。
・・・/・・・吉川英治は、珍しく、小野道風、藤原佐理、藤原行成等三蹟期=
典型期の和様を好み、柔らか、滑らかな和様の雰囲気を変曲しないで、
忠実に再現しようと試みている。・・・/雨の中に自然が生き生きした姿を
見せることがあるように、しっとりと濡れた温もりと、ゆったりとした落ちつきが
擬古的に広がるのが、吉川英治の書である。/・・・
「いささか人生訓、処世訓臭の強い」は笑えたけど、「我以外皆我師」と院生の頃に何かに書いたら、
ある先生から「本気でそう思っているのか?」と真顔で訊かれたな(^_^;) 同書名の吉川英治の単行本
を所蔵してたはずも、1972年刊の大和書房『われ以外みなわが師 わが人生観』だったかなぁ(@_@;)
・・・/そして今、これからの仕事として史料読みにかかっている素材は、
家康への不可解な叛逆行為によって、七十三歳を一期に処刑された茶人大名、
古田織部だ。玲瓏たる姿で持ち伝えられ、あるいは焼きあがってきた新旧の茶碗を、
わざわざ手にかけて割り裂き、金ウルシでいま一度つなぎ合わせて、
自分好みの姿に彼は変えたという。その美意識の歪み、心の内裏にほむらする
加虐の情念のなまなましさは異様だが、『終焉』の主人公、[『滝沢馬琴』の]馬琴、
さらに織部と見てきての実感は、個々を訪れる「老いの貌」の、多様さ複雑さ、
謎の多さへの驚きであった。/・・・
古田織部を描いた苑子タンの作品、知らんなぁ( ̄◇ ̄;) ネット検索で「蠟涙 小説古田織部」という
作品が見付かったけど、おそらく文庫本には未収録ではないかと(@_@;)
・苑子タンの父親になりすました男が荻窪のバーに毎晩飲みに来て娘自慢をしていたという話(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-03
・直木賞受賞翌日に「Wさんみたいになる」と言われた苑子タン、「一作作家」の「Wさん」とは誰?
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-06
・寝る前には本を読むという苑子タンだが、歴史小説は読まなかった由∑( ̄ロ ̄|||)にゃんですと!?
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-12
・苑子タンが刊行直後に自作について語っている文章は実はイヤイヤ応じたものだったヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-14
雨という予報が大ハズレで雲一つなくカンカン照りだったぞ(-"-) 夕食後のデザートがカロリー高め
だったから寝る前に腹筋もう一回やらにゃo(-`д´- o)ガンバルゾ!! 健康診断に間に合うように(^o^)丿
【読んだ本】
杉本苑子『春風秋雨』(文春文庫,2001)所蔵本
続けて、この随筆集の「年の峠」という一篇を読んだので、気になる件を以下にメモ_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
・・・/「来しかた見れば長けれど、行く手を見ればなほ久し。年の峠の春の雲、
雲の彼方に鳥の音ぞする」と書かれた吉川英治先生の色紙を、私は所持している。
この詩がいつ作られ、「年の峠」なる意識が先生の、何歳の時点で持たれたかは
知らないが、未来にひらける明るい穏和な風光は、旺盛な作家活動を最期までつづけられ、
強靭な生命力で七十年の享年いっぱいを生き切られたかたでこそ、
観望できたものではないかと思う。/・・・
石川九楊『現代作家100人の字』(新潮文庫,1998)の「吉川英治──王朝の書をモデルに」も読む(^^)
・・・/ファンから求められれば、嫌がらずに色紙の筆を執った。・・・/
「大衆即大知識」「道」「朝の来ない夜はない」「我以外皆我師」「初心生涯」
「楽あるところに楽しみ楽なき所にも楽しむ」など、健全でいささか人生訓、
処世訓臭の強い語を好んで書き留めている。/吉川英治の書は和様の系譜の書である。
・・・/・・・吉川英治は、珍しく、小野道風、藤原佐理、藤原行成等三蹟期=
典型期の和様を好み、柔らか、滑らかな和様の雰囲気を変曲しないで、
忠実に再現しようと試みている。・・・/雨の中に自然が生き生きした姿を
見せることがあるように、しっとりと濡れた温もりと、ゆったりとした落ちつきが
擬古的に広がるのが、吉川英治の書である。/・・・
「いささか人生訓、処世訓臭の強い」は笑えたけど、「我以外皆我師」と院生の頃に何かに書いたら、
ある先生から「本気でそう思っているのか?」と真顔で訊かれたな(^_^;) 同書名の吉川英治の単行本
を所蔵してたはずも、1972年刊の大和書房『われ以外みなわが師 わが人生観』だったかなぁ(@_@;)
・・・/そして今、これからの仕事として史料読みにかかっている素材は、
家康への不可解な叛逆行為によって、七十三歳を一期に処刑された茶人大名、
古田織部だ。玲瓏たる姿で持ち伝えられ、あるいは焼きあがってきた新旧の茶碗を、
わざわざ手にかけて割り裂き、金ウルシでいま一度つなぎ合わせて、
自分好みの姿に彼は変えたという。その美意識の歪み、心の内裏にほむらする
加虐の情念のなまなましさは異様だが、『終焉』の主人公、[『滝沢馬琴』の]馬琴、
さらに織部と見てきての実感は、個々を訪れる「老いの貌」の、多様さ複雑さ、
謎の多さへの驚きであった。/・・・
古田織部を描いた苑子タンの作品、知らんなぁ( ̄◇ ̄;) ネット検索で「蠟涙 小説古田織部」という
作品が見付かったけど、おそらく文庫本には未収録ではないかと(@_@;)
・苑子タンの父親になりすました男が荻窪のバーに毎晩飲みに来て娘自慢をしていたという話(@_@;)
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-03
・直木賞受賞翌日に「Wさんみたいになる」と言われた苑子タン、「一作作家」の「Wさん」とは誰?
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-06
・寝る前には本を読むという苑子タンだが、歴史小説は読まなかった由∑( ̄ロ ̄|||)にゃんですと!?
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-12
・苑子タンが刊行直後に自作について語っている文章は実はイヤイヤ応じたものだったヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-06-14