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240515読んだ本

阿部定まらず、吉田茂らず、伊藤律せず、久野収まらず、庄司薫らず、大岡信ぜず(@_@;)

【読んだ本】

大岡信『うたげと孤心 大和歌篇』(岩波書店同時代ライブラリー,1990)

2024年5月1日付朝日新聞夕刊で堀江敏幸の〈うたをつないで 大岡信とことばの力 「あ」?「あ」!
豊かなひと文字〉が本書を取り上げていたが、その一節を原文ママで引く(@_@;)

    ・・・平安期の歌人たちの、技巧を超えた技巧が示されている。/例のひとつに、
    源順の歌があって、これは上の句の最初の一文字が「あめつちの歌」となるように
    詠み込まれた歌への返しなのだが、大岡信はその出来映えをみごとなものだと評価
    しつつ、最初の一首の結句がよくわからないと言い添えていた。/「荒さじと打返
    すらむ小山田の苗代水にぬれて作るあ」/問題は最後のかな一文字である。・・・
    [1978年2月の単行本『うたげと孤心』]刊行後ほどなく、読者からこの「あ」は
    「畔」ではないかと指摘があった。「まさに「あ」というほかなかった」と大岡信は
    文学的断章『宇滴集』(一九八〇)でその顛末を示している。「あ」は古代、上代
    に用いられた「あぜ」のことで、現行の『日本国語大辞典』にも、この源順の歌が
    用例として挙げられている。/・・・

「結句がよくわからない」のに「出来映えをみごとなものだと評価」できる点はさておき、どうして
大岡信は「あ」を辞書で調べなかったのかな(@_@;) 古語辞典や国語辞典に出ていたはず(@_@;)
1988年刊の『大辞林』第一版第一刷の「あ【畔・畦】」の用例は『古事記』、それは「天の石屋戸」
の有名な件で、次田真幸(全訳注)『古事記(上)』(講談社学術文庫,1977)から引く(@_@;)

    /ここに速須佐之男命、天照大御神に白さく、「我が心清く明き故に、我が生みし子は
    手弱女を得つ。これによりて言さば、自ら我勝ちぬ」と云ひて、勝さびに天照大御神の
    営田の畔[あ]を離ち、その溝を埋め、また大嘗聞こしめす殿に屎まり散らしき。・・・

本書は元々1973年6月~1974年9月の季刊「すばる」に連載の由、当時の辞書にも出てたはず(@_@;)
現に手元の守随憲治&今泉忠義&松村明(監修)『旺文社古語辞典 〔改訂新版〕』(旺文社,1965→
1969改訂新版)にも「あ【畔】」は立項されてる(@_@;) また堀江敏幸は次のように記す(@_@;)

    ・・・/該当箇所はその後の版で修正されている。しかしこの挿話じたいが表現の畔に
    引かれた苗代水のようなものではないか。失態の経緯を正直に、かつ愉しげに語ることで、
    彼は「あ」という変哲もないひと文字に未聞の色艶を与えたのである。/・・・

辞書を引く労さえ惜しむ知的怠慢も「正直」によって少しは相殺されるだろうけど、「修正され」た
「該当箇所」を本書で確認すると次のようになっていた(本書100頁)(@_@;)

    ・・・/「春」八首の前半部分だけを引いた。上も下も、「あめつち」と横に並ぶ。
    みごとなものである。ただ、一首目の結句「ぬれて作るあ」[←「あ」に傍点]は
    一見よくわからないことばだが、田の畔をさす古代の言葉「あ」のことであろう。
    /・・・

この「修正」に関しては「正直」とは流石に思えない(^_^;) そして、この「該当箇所」の直前の件
(本書100頁)もチト気になる(@_@;)

    ・・・/源順のことではまだ書くべきことがある。彼の家集『源順集』に、有名な
    「あめつちの歌」四十八首がある。「もと藤原の有忠の朝臣藤六が返しなり彼は
    かみの限りにその文字をすゑたりこれはしもにもすゑ時をもわかちつゝよめる」と
    前書きがある。つまり、これまた藤原有忠、通称藤六なる人物から贈られた「あめ
    つちの歌」への返しだというのである。藤六は上の最初の一文字に「あめつちの歌」
    の各文字ひとつずつを据えていただけだが、こちらは下にも据え、さらに春夏秋冬
    思恋の六つの部門に分け、八首ずつ、合計四十八首を作った、という。

      荒さじと打返すらむ小山田の苗代水にぬれて作るあ

      めも遙に雪まも青く成にけり今日こそ野べに若菜摘てめ

      筑波山咲ける桜の匂をば入て折らねどよそながら見つ

      ちぐさにも綻ぶ花の匂ひ哉いづら青柳ぬひし糸すぢ

    ・・・   

大岡信は「藤原有忠、通称藤六」と解しているが、「藤原有忠」という歌人は寡聞にして知らぬし、
「藤六」と言えば「物名歌」でチョー有名な藤原輔相(藤原長良の孫)のはずであり、疑問(@_@;)
ちなみに、「あめつちの歌」でも相模の方が源順のよりも難易度が高いような気がするけど(@_@;)
タグ:評論 和歌 古典
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