読書の厄介なところは、年を取ると雨の中を図書館へ行く気力が無いことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)
メチャ疲れて身体はぐったりだし明日は朝から雨の予報で次第に強くなるらしいから家で静養する(+_+)

【読んだ本】

森銑三(小出昌洋編)『新編 おらんだ正月』(岩波文庫,2003年)所蔵本

前回(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-09 )の続きで10篇読んだ(^o^)丿

     十一  師匠の墓の前で花の詩を読上げた松岡恕庵

     十二  武士を捨てて町医者となった戸田旭山

     十三  日本全国に甘藷を拡めた青木昆陽

     十四  乞食の病気まで診てやった御医師望月三英

     十五  わが国で始めて人体を解剖した山脇東洋

     十六  万病一毒の説を唱えた古医方家吉益東洞

     十七  農家から出た地理学の大家長久保赤水

     十八  二十三年間に二十三回稿本を書改めた三浦梅園

     十九  わが国洋学界の一大恩人前野蘭化

     二十  蘭化を助けて解体新書を翻訳した杉田玄白

こーゆー偉人伝を、好い年した大人が読んでも今更遅過ぎる嫌いはあるけど、前野良沢が青木昆陽を
訪ねてオランダ語について学ぼうとしたのは「明和六年」、

    ・・・この時蘭化はもう四十七歳で、並々の人ならば、もう新しい勉強などを始める
    気持など起りそうもない年だったのです。/・・・

ノーサイド1995年5月号の特集「読書名人伝」で坪内祐三が書いてた一篇によれば、林達夫がロシア語
に本格的に取り組み始めたのは81歳だけど〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ とまれ、〈ちょっといい話〉
満載の本書である(⌒~⌒)

    ・・・/恕庵は、学問に対してはたいへん熱心で、多くの書物に、綿密に目を
    通しましたが、ある時ケマンという花草が何かの書物に出ていないだろうかと
    長いことかかって探した挙句に、東福寺で写した支那の書物の中に、その花を
    詠じた詩の出ているのを、ようように見つけ出しました。恕庵はたいへん
    よろこんで、「これは[師の]稲生[若水]先生にもお知らせして来たい。
    先生もこれだけは御存じなかったのだ」と、わざわざ先生のお墓へ出かけて行って、
    その詩を三度まで、高らかに読上げて帰りました。/・・・