春なのに?春だから?頭が痛いので東本昌平のバイク漫画を読んでた(´・_・`) 結局マラソンスロットが
5回当たったので予定通りに1000円台のを一冊注文した後に予想してなかったポイントが更にドカーンと
付与されたから、お高めの本も買っちゃいたい誘惑にかられたけど、じっと我慢の子であった(-ω-、)
楽天ブックス7時13分注文で17時50分発送通知あったけど「Rakuten-EXPRESS」なる配送会社知らん(゚ロ゚;)

【読んだ本】

戸板康二『新々ちょっといい話』(文春文庫,1987)所蔵本

本書読了(^^) 〈ちょっといい話〉には非ずも他書に載る同話と異同があったのでメモ_φ( ̄^ ̄ )メモメモ

    山本周五郎は、かたくなに受賞を拒む人だったが、新聞に写真がのるのがいやだからだ
    という伝説がある。韮崎出身。/ごく初期に講談雑誌に寄稿した。心やすい編集者が
    原稿料を届けに来て、「こんどの小説は出来がよくなかった」と気軽にいったら、
    マッチを擦って、貰った紙幣に火をつけた。/その場に居合わせた土岐雄三氏が、
    「灰のまま持ってゆけば銀行でとりかえますよ」というと、火箸で灰をかきまわして
    しまった。

紀田順一郎『にっぽん快人物烈伝』(旺文社文庫,1985)の「ヘソ曲がりの庶民作家」として山本周五郎
を取り上げた回が紹介する話(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-06-28 )は
次の通り(@_@;)
 
    ある編集者が原稿料をもって彼のもとを訪れ、「今度の作品はつまりませんでしたね」と
    いった。周五郎は大いに怒り、「つまらなかったら原稿料は返す」と叫んだ。編集者が
    「載せちゃったから」と押し戻すと、「それでは燃しちゃおう」といってマッチで火をつけ、
    灰にしてしまった。かたわらにいたもう一人の編集者が「それは日本銀行にもっていけば、
    新しい札に交換してくれる」といったところ、周五郎はまたもや腹をたてて、灰を火箸で
    かきまわしてしまった。

「土岐雄三」は「・・・作家。東京都生まれ。青山学院商科卒。銀行員のかたわらユーモア小説を書き、
放送作家もした。山本周五郎研究もした。」とwikiにはあるが、「編集者」だったのだろうか(@_@;)

以下は『新々ちょっといい話』から最終的に小生が選んだ〈真・ちょっといい話〉&名言なり(⌒~⌒)

    富崎春昇が、門弟富山清琴におびただしい数の曲を教えたが、いつもこういった。・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-02-12

    鷗外は腎臓病が死因になったのだが、病気が進んでいるのに、検尿をいやがって・・・
 
     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-03-23

    東海道線で、初代市川猿翁と偶然同乗した若いジャーナリストが、「どちらへ」と・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-03-25

    昭和四十六年十二月十二日、七十九歳で病没した桂文楽は、近年の落語界の名人で、・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-05

    福井で育った彫刻家の高田博厚は、昭和九年から二十六年間パリに住み、日本人のために・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-11

    一平の子の岡本太郎氏が推奨したといわれるぬれ仏が下諏訪にある。石の阿弥陀仏・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-13

以下は『最後のちょっといい話 人物柱ごよみ』(文春文庫,1994)からの〈真・ちょっといい話〉(^^)

    水木洋子がNHKのテレビドラマ脚本賞を受けた時、好きな時計をえらべといわれ、・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-10-13

    ・・・新派の大矢市次郎は、大正三年から六年まで陸軍の輜重隊に入隊していた。/・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-10-24

    東千代之介は、長唄の演奏家の子なので、三味線は達者である。ある時、三味線を持って・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25

    西條八十の「かなりや」が碑になって上野の不忍池のほとりにある。これは大正十二年・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-12-26

    江戸家猫八は、むかし松竹映画のスターだった細川俊夫から競歩を教わって、毎日かなり・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-02

    倉本聰の北海道富良野でのシナリオ塾の若者が、廃坑になって人のもういない町にゆき、・・・

     ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-12