231225読んだ本【バカチンども】
共著者間の上下関係もあるので記述の間違いについて連帯責任を負わされても困るだろうけど(^_^;)
監訳者が自説に都合のいいように小生担当パートの訳文を勝手に改変したのを問題視したら、研究会
の事務局と大学の非常勤講師をともにクビになったことが実際あったし〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
【読んだ本(バカチンども)】
春秋会『私家集全釈叢書10 源兼澄集全釈』(風間書房,1991)所蔵本
巻頭「解説」の福井迪子「源兼澄の伝記と詠歌活動」の記述を引く(返り点等は略)( ̄◇ ̄;)エッ!?
・・・/祖父[源]公忠は光孝源氏大蔵卿源国紀男。『後撰集』以下に二一首入集し
『公忠集』を残す。「古今集之時、有[源]公忠弁・祭主[大中臣]頼基等不入之。
雖然末代被知名事倍於入輩。」(袋草紙)と後代[源]経信をして言わしめた歌人で、
・・・
そう評したのは源「経信」に非ず、『袋草紙』の著者の藤原清輔だヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
『袋草紙』の当該件をその直前の件から引くけど、訓み下し文を藤岡忠美(校注)『新日本古典文学
大系29 袋草紙』(岩波書店,1995)、口語訳を小沢正夫&後藤重郎&島津忠夫&樋口芳麻呂『袋草紙
注釈 上』(塙書房,1974)から(^^) なお、訓み下し文の中の「殿上人」は小字になっている(^_^;)
・・・/承暦の歌合の時、俊頼殿上人、基俊・国基・輔弘・周防内侍・伯母等、
これを入れず。また通宗は歌仙たるによりこの度昇殿を聴[ゆる]されたるも、
これを入れず。後番に纔[わづ]かに一首これを入ると云々。根合の時また後も
かくの如し。経信・顕綱等の歌もこれに入らず。経信卿云はく、「およそ今度の
歌を読まず」と云々。/古今集の時、公忠ならびに祭主頼基有りてこれに入らず。
然りといへども末代に名を知らるる事、入りし輩に倍[まさ]れり。・・・
・・・承暦の『内裏歌合』の時に殿上人だった源俊頼をはじめ、藤原基俊・
津守国基・大中臣輔弘・周防内侍・伯母らの歌もはいらなかった。また
藤原通宗は和歌の名人なのでこの度清涼殿の昇殿を聴されたのであるが、
彼の歌もはいらず、『内裏後番歌合』にやっと一首はいった。/
『郁芳門院根合』の時もまたこのようで、源経信・藤原顕綱らの歌がはいら
なかった。そのため経信卿は「大体今度の根合の歌は読まない」といわれた。
/『古今集』選進の時には、右小弁源公忠・祭主大中臣頼基らがあったが、
歌をとられなかった。けれども後世名を知られたことは歌がはいった者どもに
まさっている。・・・
福井迪子の原稿もゲラの段階で、春秋会の本書執筆メンバーである辛島正雄、工藤重矩、古賀典子、
後藤康文、武谷恵美子、田坂憲二、中島あや子、西丸妙子も目を通しているはずだし、ノータッチと
される今井源衛も「序」で「今回、校正刷を見せてもらって、身内自慢のようで困るけれども、結構
な出来上がりだと思った。細かい難点をいえば、あちこちと言葉の足りないところのあるのが気にな
る。」と記してるが、この間違いも「言葉の足りないところ」かヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンドモガァ!!
監訳者が自説に都合のいいように小生担当パートの訳文を勝手に改変したのを問題視したら、研究会
の事務局と大学の非常勤講師をともにクビになったことが実際あったし〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ
【読んだ本(バカチンども)】
春秋会『私家集全釈叢書10 源兼澄集全釈』(風間書房,1991)所蔵本
巻頭「解説」の福井迪子「源兼澄の伝記と詠歌活動」の記述を引く(返り点等は略)( ̄◇ ̄;)エッ!?
・・・/祖父[源]公忠は光孝源氏大蔵卿源国紀男。『後撰集』以下に二一首入集し
『公忠集』を残す。「古今集之時、有[源]公忠弁・祭主[大中臣]頼基等不入之。
雖然末代被知名事倍於入輩。」(袋草紙)と後代[源]経信をして言わしめた歌人で、
・・・
そう評したのは源「経信」に非ず、『袋草紙』の著者の藤原清輔だヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!
『袋草紙』の当該件をその直前の件から引くけど、訓み下し文を藤岡忠美(校注)『新日本古典文学
大系29 袋草紙』(岩波書店,1995)、口語訳を小沢正夫&後藤重郎&島津忠夫&樋口芳麻呂『袋草紙
注釈 上』(塙書房,1974)から(^^) なお、訓み下し文の中の「殿上人」は小字になっている(^_^;)
・・・/承暦の歌合の時、俊頼殿上人、基俊・国基・輔弘・周防内侍・伯母等、
これを入れず。また通宗は歌仙たるによりこの度昇殿を聴[ゆる]されたるも、
これを入れず。後番に纔[わづ]かに一首これを入ると云々。根合の時また後も
かくの如し。経信・顕綱等の歌もこれに入らず。経信卿云はく、「およそ今度の
歌を読まず」と云々。/古今集の時、公忠ならびに祭主頼基有りてこれに入らず。
然りといへども末代に名を知らるる事、入りし輩に倍[まさ]れり。・・・
・・・承暦の『内裏歌合』の時に殿上人だった源俊頼をはじめ、藤原基俊・
津守国基・大中臣輔弘・周防内侍・伯母らの歌もはいらなかった。また
藤原通宗は和歌の名人なのでこの度清涼殿の昇殿を聴されたのであるが、
彼の歌もはいらず、『内裏後番歌合』にやっと一首はいった。/
『郁芳門院根合』の時もまたこのようで、源経信・藤原顕綱らの歌がはいら
なかった。そのため経信卿は「大体今度の根合の歌は読まない」といわれた。
/『古今集』選進の時には、右小弁源公忠・祭主大中臣頼基らがあったが、
歌をとられなかった。けれども後世名を知られたことは歌がはいった者どもに
まさっている。・・・
福井迪子の原稿もゲラの段階で、春秋会の本書執筆メンバーである辛島正雄、工藤重矩、古賀典子、
後藤康文、武谷恵美子、田坂憲二、中島あや子、西丸妙子も目を通しているはずだし、ノータッチと
される今井源衛も「序」で「今回、校正刷を見せてもらって、身内自慢のようで困るけれども、結構
な出来上がりだと思った。細かい難点をいえば、あちこちと言葉の足りないところのあるのが気にな
る。」と記してるが、この間違いも「言葉の足りないところ」かヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンドモガァ!!
2023-12-25 12:29
コメント(4)
共著なので、あの人が一次チェックで、誰々が二次チェックで
◯◯さんが三次チェックで・・・前にチェックした人も後にチェック
する人も人任せになりチェックがおなざりに(笑)。
by tai-yama (2023-12-25 23:27)
(大企業)あるあるかな(@_@;)
by middrinn (2023-12-26 05:24)
ええっ。かなり有力だった予想に苦労されて反例見つけてあげたのに、
感謝されるどころか、蹴っ飛ばされたんですか?
by df233285 (2023-12-26 06:19)
予想?反例?イミフです(ノ_-;)トホホ…
by middrinn (2023-12-26 07:34)