セール最終日に再びポイント10倍を「ドラマ楽天市場店」が始めたキタ━━━━(゚д゚;)━━━━!!
数日前にも再び傍にいたので、また物件の下見かしら?と思っていたら、ついに今日は出入りしている
シジュウカラさんを目撃(〃'∇'〃) 入居したかは不明だけど、空き家解消に一歩前進かも(^^) 巣箱の
出入口の穴を何度もつついてたけど、もしかして出入りし易いよう、リフォームしてるのかしら(^_^;)
【読んだ本】
小林信彦『映画狂乱日記~本音を申せば⑫』(文春文庫,2019)所蔵本
元は週刊文春の連載で、本書に収録されている第一回目の「映画をめぐる人々」(2015年1月15日号)は
既に書いたので(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-14 )、その続き(^_^;)
だが、上記のペースだと読了するのに半年以上はかかっちゃうので、数回分を纏めてメモることに(^_^;)
〈「素晴らしき休日」の面白さ〉(15年1月22日号)、〈去年の「紅白」、笠原和夫氏のこと〉(15年
1月29日号)、「ぼくが生れたころの名作映画」(15年2月5日号)、「ペリリュー島の血戦」(15年2月
12日号)、「新旧の映画をめぐって」(15年2月19日号)、「スーパーインポーズという発明」(15年
2月26日号)、「〈死〉と〈生〉と美女たち」(15年3月5日号)の中で、気になった件_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
正月にわが家に見えた友人が/「アメリカ映画を今みたいにつまらなくした犯人は
スピルバーグですね」/と言った。/「そうですよ」と、ぼくはうなずいた。
スピルバーグとジョージ・ルーカスの二人だが、後者はどうでもいい。
実は、一九三八年、三九年というのはハリウッド映画の名作が次々に出た年で、
それらは日本に輸入されると、良い場面をカットされたりして、倉庫に眠ることに
なった。日本が敗北すると、GHQが出す以前に、それらの映画が世に出てきた。
「映画評論家 岸松雄の仕事」という本が贈られてきた(ワイズ出版)。/ここの
出版物はだいたい面白い。近年の映画作家の仕事をわかり易くまとめたものが大半だが、
〈岸松雄〉となると、ぼくもよくわからない。
アメリカでは、ヒットも評価もなかったという。アメリカの批評はおかしくなっていると
ぼくは思っている。若い人が書いているか、基本がわからなくなっているのだろう。
[クリント・イーストウッド監督の]「ジャージー・ボーイズ」は、登場人物が
観客に向って、突然話しかける手法が使われているが、マルクス兄弟の映画や、
日本でも森繁久彌の初期の映画では同じことをやっていたではないか。
映画は光と影の芸術とよくいわれるが、ルーベン・マムーリアンの映画を観ていると、
そうだそうだ、と思ってしまう。ジョージ・フォルシーの撮影も光っている。
[「悼む人」の]原作はこれから読むが、ひとつ気になったのは、バーのマダムらしい人が
「中井中也」と発言したこと。ぼくの聞きちがいかも知れないが、作中に「中原中也全集」
のごとき本があったから、まず間違いはないだろう。
娘は自分の美に狂い、母親は娘の美に狂ってゆくこの作品[エヴァ・イオネスコ監督
「ヴィオレッタ」(2011年)]などは、五十年まえだったら賞の対象にならないだろう。
7回分から7つメモったけど、これはたまたま一致しただけで、それぞれ対応してるわけではない(^_^;)
数日前にも再び傍にいたので、また物件の下見かしら?と思っていたら、ついに今日は出入りしている
シジュウカラさんを目撃(〃'∇'〃) 入居したかは不明だけど、空き家解消に一歩前進かも(^^) 巣箱の
出入口の穴を何度もつついてたけど、もしかして出入りし易いよう、リフォームしてるのかしら(^_^;)
【読んだ本】
小林信彦『映画狂乱日記~本音を申せば⑫』(文春文庫,2019)所蔵本
元は週刊文春の連載で、本書に収録されている第一回目の「映画をめぐる人々」(2015年1月15日号)は
既に書いたので(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-14 )、その続き(^_^;)
だが、上記のペースだと読了するのに半年以上はかかっちゃうので、数回分を纏めてメモることに(^_^;)
〈「素晴らしき休日」の面白さ〉(15年1月22日号)、〈去年の「紅白」、笠原和夫氏のこと〉(15年
1月29日号)、「ぼくが生れたころの名作映画」(15年2月5日号)、「ペリリュー島の血戦」(15年2月
12日号)、「新旧の映画をめぐって」(15年2月19日号)、「スーパーインポーズという発明」(15年
2月26日号)、「〈死〉と〈生〉と美女たち」(15年3月5日号)の中で、気になった件_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
正月にわが家に見えた友人が/「アメリカ映画を今みたいにつまらなくした犯人は
スピルバーグですね」/と言った。/「そうですよ」と、ぼくはうなずいた。
スピルバーグとジョージ・ルーカスの二人だが、後者はどうでもいい。
実は、一九三八年、三九年というのはハリウッド映画の名作が次々に出た年で、
それらは日本に輸入されると、良い場面をカットされたりして、倉庫に眠ることに
なった。日本が敗北すると、GHQが出す以前に、それらの映画が世に出てきた。
「映画評論家 岸松雄の仕事」という本が贈られてきた(ワイズ出版)。/ここの
出版物はだいたい面白い。近年の映画作家の仕事をわかり易くまとめたものが大半だが、
〈岸松雄〉となると、ぼくもよくわからない。
アメリカでは、ヒットも評価もなかったという。アメリカの批評はおかしくなっていると
ぼくは思っている。若い人が書いているか、基本がわからなくなっているのだろう。
[クリント・イーストウッド監督の]「ジャージー・ボーイズ」は、登場人物が
観客に向って、突然話しかける手法が使われているが、マルクス兄弟の映画や、
日本でも森繁久彌の初期の映画では同じことをやっていたではないか。
映画は光と影の芸術とよくいわれるが、ルーベン・マムーリアンの映画を観ていると、
そうだそうだ、と思ってしまう。ジョージ・フォルシーの撮影も光っている。
[「悼む人」の]原作はこれから読むが、ひとつ気になったのは、バーのマダムらしい人が
「中井中也」と発言したこと。ぼくの聞きちがいかも知れないが、作中に「中原中也全集」
のごとき本があったから、まず間違いはないだろう。
娘は自分の美に狂い、母親は娘の美に狂ってゆくこの作品[エヴァ・イオネスコ監督
「ヴィオレッタ」(2011年)]などは、五十年まえだったら賞の対象にならないだろう。
7回分から7つメモったけど、これはたまたま一致しただけで、それぞれ対応してるわけではない(^_^;)