読書の厄介なところは、おそらく全ての辞書・事典の説明が誤りなことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)

【読んだ本】

小泉弘&山田昭全&小島孝之&木下資一(校注)『新日本古典文学大系40 宝物集 閑居友 比良山古人霊託』(岩波書店,1993)

ネットで「宝物集」と検索して出る代表的な辞書・事典は全て「仏教説話集」とするが、本書巻末の
山田昭全「宝物集 解説」の「一 『宝物集』あらすじ」に続く「二 叙述の方法」の冒頭は次の通りで
ある(本書509頁)∑( ̄ロ ̄|||)ニャンですとぉ!?

    /『宝物集』を仏教説話集の中に分類することが一般化している。しかし、
    右のあらすじを見てもわかるとおり、『宝物集』はれっきとした筋書をもつ
    物語になっている。冒頭嵯峨清涼寺の釈迦像から語りはじめ、末尾も「この僧、
    かたりはてて、珠数をしすりて、「南無大恩教主釈迦尊、後世をたすけたまへ」」と、
    本尊釈迦如来に礼拝、祈願することをもって結んでいる。明らかに首尾相応を
    意識した結び方で、著者ははじめから一編の物語を作ることを意図してこうした
    レトリックを使ったものと思われる。言いかえれば、この作品は、『今昔物語集』
    『発心集』『私聚百因縁集』などのように、一つ一つ完結した説話を寄せ集めた、
    いわゆる仏教説話集ではなく、むしろ作り物語の手法を使って、全体を立体的に
    組み合わせた単一の物語だったのである。/・・・

小生的に興味深いのは本書所収の小泉弘&山田昭全(校注)『宝物集』は七巻本だが、和歌が428首も
引かれてて(脚注に歌の訳と注釈等も少々)、まるで詞華集=アンソロジーのようで、巻末「付録」
に「『宝物集』和歌他出一覧」「『宝物集』歌人解説」「『宝物集』和歌初句索引」ヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
本文には次のような記述もあり、脚注の歌の訳&注釈等と注9も合わせて引く(本書8頁)(⌒~⌒)

    ・・・

                                 藤原範永

      住[すむ]人もなき山里の秋の夜[よ]は月の光もさびしかりけり

    [藤原]公任の大納言の「範永たれの人ぞ、和歌の道に名をえたる人哉」と
    ほめ給ふは此[この]うた也。

                                 ・・・

       住む人もいない山里の秋の夜は、澄んだ月の光もどこかさびしそうだ。
       「住」に「澄む」を掛ける。遍照寺での詠。

       袋草紙・上・雑談に、公任が激賞した話がみえる。

このような歌論書みたいな件もあるわけだし、仏教説話集でないなら和歌説話集・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;