ブックオフは5月3日(金)~ 6日(月)にウルトラセールで、本が全品20%オフの由__φ( ̄^ ̄ )メモメモ
来週ぐらいには下見をして、セールまで売れ残るよう、魔法をかけてこなきゃオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)

【読んだ本】

杉本圭三郎(全訳注)『平家物語(二)』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

読了(^^) 本書は『平家物語』の「巻第二」で「座主流」「一行阿闍梨之沙汰」「西光被斬」「小教訓」
「少将乞請」「教訓状」「烽火之沙汰」「大納言流罪」「阿古屋之松」「大納言死去」「徳大寺之沙汰」
「山門滅亡 堂衆合戦」「山門滅亡」「善光寺炎上」「康頼祝言」「卒都婆流」「蘇武」の章段(⌒~⌒)

市古貞次(校注・訳)『新編日本古典文学全集45 平家物語①』(小学館,1994)、梶原正昭&山下宏明
(校注)『新日本古典文学大系44 平家物語 上』(岩波書店,1991)、水原一(校注)『新潮日本古典
集成 平家物語 上』(新潮社,1979)を併読は当たり前v( ̄∇ ̄)ニヤッ 『平家物語(一)』は読了済で、
既述だけど(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-14 )、新潮巻末「付録」
の〔皇室・貴族諸流関係系図〕は岩波巻末「付図」の「系図2 公卿婚姻系図」に比べると劣るわm(__)m

「一行阿闍梨之沙汰」に唐の高僧・一行阿闍梨(大慧禅師)の説話が紹介されてて、本書の〈語釈〉に
「・・・『旧唐書』『宋高僧伝』『仏祖統記』ほか多くの中国の書物にその伝があるが、流罪のことは
所見なく、『平家物語』のほかには『宝物集』『太平記』『黒谷源空上人伝』ほか、日本の諸書に流罪
のことが記されている。」とあるが、岩波73頁の脚注二〇は「真言八祖の一人。経史を学び陰陽五行に
通じ、玄宗に信任され、大慧禅師と諡された。その流罪の説話は、中国の仏祖統記、日本の宝物集に
見える。」としてて、『仏祖統記』には「流罪の説話」が出ているのか出てないのかどっちなんだ^_^;

「西光被斬」での「・・・叢蘭茂からんとすれども、秋風これをやぶり、王者明らかならんとすれば、
讒臣これをくらうす・・・」という件、(底本の異なる新潮124頁には出て来ないけど)どの注釈書も
『帝範』や『貞観政要』を典拠としてる旨を指摘するも、本書の〈語釈〉の「・・・『古事談』所収の
説話にひかれた一条院御手習の反古にもある。」との付言に、あぁ~そう言えば・・・と感心(⌒~⌒)

丹波少将藤原成経は父の新大納言藤原成親に連座して平清盛によって処刑されそうになり、兄の清盛に
教盛が娘婿の成経の助命を懇願した「少将乞請」について、本書の〈解説〉は次のように指摘する(^^)

    ・・・教盛の嘆願で、即座の刑はまぬがれた成経が、父の大納言の安否を
    気づかい慨嘆するさまをみて、父を案ずる子の真情にほだされ、先ほど
    「人の子をば持つまじかりけるものかな[=子というものは持つべきではなかった]」
    と言った教盛であるが、「子をば人のもつべかりける物哉[=子というものは、
    人のもつべきものであった]」と思い改める。子[=娘]故に悩む父[=教盛]と、
    父[=成親]を思う子[=成経]、という、事件のなかでの親子の情愛を
    主眼とした一こまである。・・・

娘婿の成経のためというより、その娘が成経の子を出産間近なので、教盛は助命を懇願したわけだけど、
この教盛の独白、あまりの手のひら返しっぷりに、同章段は最後の最後で、チト笑ってしまった(^_^;)

『平家物語』は仏教のイメージだが、「教訓状」では平重盛が「日本は是神国なり」と発言( ̄◇ ̄;)

「大納言死去」で、配流先で大納言成親が出家したことを知った妻が手紙に同封されてた髪の毛を見て
「かた見こそなかなか今はあたなれとて[=形見こそいまはかえって苦しみのもとになる」と泣いた
シーンだが、岩波114頁の脚注六、小学館158頁の頭注一、新潮192頁の頭注一は挙って、「かたみこそ
今はあたなれこれなくは忘るる時もあらましものを」という『古今和歌集』の歌を踏まえた表現である
ことを指摘しているのに、本書には無いぞヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!! 新潮192頁の頭注欄の補説
「引用歌の溶解」をメモっておく(^^)

    形見を恨む北の方の言葉は一見問題ない散文のようだが、延慶本では「信物[カタミ]コソ
    今ハアタナレ是ナクハカ斗[バカリ]物ハオモハザラマシトゾ詠ジケル」とあって、
    北の方は和歌に心情を託しているのである。「かたみこそ今はあだなれこれなくは
    忘るるときもあらましものを」(『古今集』読人しらず)の作りかえである。これが、
    「かたみこそ今はあだなれ是なかりせば今更かくは思はざらましとぞ覚[おぼ]されける」
    (長門本)、「かたみこそ今はかへりてくやしけれ是なかりせばかくばかり覚えざらまし
    と歎かれける」(盛衰記)と和歌から散文へと移行する経緯を見せ、語り物系ではすべて
    散文化してしまう。典拠ある引用が本文伝流の中で文体調和を遂げたのである。

「蘇武」では「胡国」(匈奴)に囚われた蘇武が手紙を「雁の翅[つばさ]にむすび付けて」放したと
描写されてるけど、足ではなく翼となってる点に、本書を含め各注釈書は注意を払っていない(@_@;)
再三指摘しているように『平家物語』の作者は和歌に詳しいから、雁の足ではなく翼となっているのは、
紫式部の「北へ行く雁のつばさに言伝てよ雲の上書きかき絶えずして」という『紫式部集』や『新古今
和歌集』の歌を踏まえているのではないかと推理して、3日連続で記事にしたことがある( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-07-14
 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-07-15
 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-07-16

・『平家物語』の巻第一の「吾身栄花」から、桜の花が散らないよう祈った桜町中納言の話(〃'∇'〃)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-06

・賀茂明神の託宣歌が紀貫之の歌を踏まえてるのに各注釈書は気付けよヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-07

・「御輿振」で紹介されている源頼政の詠んだ歌、どこが「名歌」なのかを解き明かしてくれる本(^^)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-16

・僧を処罰する時には還俗させて「藤井」という俗名がつけられるのが慣例とか「座主流」に(@_@;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-17

・「徳大寺之沙汰」で実定が「月をながめて」「口ずさん」だ「詩歌」とは、もしかして(⌒~⌒)ニヤニヤ

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-02-22

・杉本圭三郎(全訳注)『平家物語(二)』の「卒都婆流」での平康頼の和歌の訳、ちょっとねぇ(^_^;)

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-07-11