電気代が先月より高かった分、So-net接続料金を割り引こうと、すごろくをマジ真剣にやってるp(・ω・*q)
先週は3日目に40位ぐらいでゴール前に到達も、上がれたのは7日目で順位もチョー暴落(´;ω;`)ウッ…

【読んだ本】

芥川龍之介『地獄変・偸盗』(新潮文庫,1968)所蔵本

本書所収の短篇「六の宮の姫君」を読んだ(´・_・`) 本書巻末の吉田精一「解説」にはこうある(´・_・`)

    最後に『六の宮の姫君』は、堀辰雄をはじめとして、芥川の「王朝物」中の白眉として
    推す人が多い。しかしこの作品は原作[今昔物語集]の筋をそっくりそのままたどっており、
    ただ最後に・・・を登場させたり、・・・との説明を加えたりして、わずかに潤色を
    ほどこしているにすぎない。/元来原話そのものが、数ある『今昔』の説話中でも
    最もすぐれたものの一つであって、悲劇的でまた印象深く、・・・この題材をとらえたのは
    さすがに彼[芥川]の眼光の鋭さを証明するが、しかし原作がすぐれているだけに、
    それだけ彼の手がらは少ないといわざるを得ない。・・・

巻末の「解説」で収録作品を貶すことはないとはいえ、「六の宮の姫君」、そんな傑作かなぁ(´ヘ`;)
モチ小説だから、感想は人それぞれなんだけどね(@_@;) 本作品のストーリーの根幹は『今昔物語集』
巻第十九「六宮姫君夫出家語第五」を原話としてるけど、馬淵和夫&国東文麿&稲垣泰一(校注・訳)
『新編日本古典文学全集36 今昔物語集②』(小学館,2000)458~466頁で読んでみた限り、吉田精一が
言うように「最もすぐれたものの一つ」とは思えぬ(-ω-、) なぜなら、高橋貢(全訳注)『古本説話集
(上)』(講談社学術文庫,2001)の同話「曲殿姫君事 第二十八」の方がメチャ良かったから(〃'∇'〃)
『古本説話集』のを読むと、『今昔物語集』のはイマイチだし、ましてや芥川のなんか興醒め(´ヘ`;)

芥川のは読み始めて僅か2頁目で首を傾げたぞ∑( ̄ロ ̄|||)にゃんですと!? それは次の台詞(´ヘ`;)

    「甥の法師の頼みますには、丹波の前司なにがしの殿が、あなた様に会わせて頂きたい
     とか申しているそうでございます。・・・」

芥川のは「前司なにがしの殿」としているけど、馬淵他・前掲書『今昔物語集』459頁は「前司の子」と
原文を修正して訳してる(^^) 馬淵他・前掲書『今昔物語集』460頁の頭注二に「・・・前司の子でない
と話が合わない。」とあるからね(^_^;) 高橋・前掲書で見ると、『古本説話集』の同話は原文からして
ちゃんと「某の前司の御子」となっている点も、『今昔物語集』のよりも『古本説話集』の同話の方が
優れているとする理由の一つであるv( ̄∇ ̄)ニヤッ

加えて、原文に「前司ノ年二十余歳許[ばかり]ナルガ」(馬淵他・前掲書460頁)とある男の年齢を
芥川のは省いちゃってるから、読み進めていくと、更に「話が合わな」くなってくるぞ((;゚Д゚)ヒィィィ!
芥川の人物設定だと男は前に丹波国の国司も務めたわけだから好い年のはずなのに、この後、父親には
何も言えない上に、父親に従って陸奥へと下っていくなんて、「話が合わない」じゃんかヾ(`◇´)ノ

この芥川の父っちゃん坊や設定は勿論、「年は二十歳余り」(馬淵他・前掲書459頁の訳)としている
『今昔物語集』よりも「話が合」うのが『古本説話集』(〃'∇'〃) 高橋・前掲書によると、原文では
「某の前司の御子の年十余歳ばかりなるが」となってて、「某前司の御子息で十余歳ほどの方ですが」
という訳文は、上述のストーリー展開ともヨリ「話が合」うと思いませんかねオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)

高橋・前掲書の〈参考〉は、『古本説話集』の同話について、次のような評価を与えているよ(⌒~⌒)

    邸宅跡にいた尼に衣を与えて尼があわてると、男は「我はしかしかの人にあらずや。
    ・・・・・・」とたたみかける。「忘る」のくり返しが効果的である。このほか、
    姫君の父に対しては「てて[父]」、男君の父には「ちち殿[父殿]」、
    結婚前は娘、姫君、結婚後は女、女君、また男君と尼との言葉遣いを書きわけてあるなど、
    こまかな点に神経を配る。これらの点からみると、本話は創作とはいえないまでも、
    話を作ることに熟練した人によってまとめ上げられた可能性が強い。

このように高評されている男の台詞の原文と現代語訳を、高橋・前掲書から引いておく( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

    「我はしかしかの人にあらずや。女[なんぢ]は見忘れにたるか。おのれをば
     若狭とこそ言ひしか。いつ法師にはなりしぞ。したみつとてありしおのが娘は
     いづちか往にし。我をば忘れたるか。我はさらに忘れず。」

     「わしはこうこういう者ではないか。お前は忘れたのか。お前は
      若狭といったではないか。いつ尼になったのか。したみつといっていたお前の娘は
      どこに行ったのか。わしを忘れたのか、わしは少しも忘れないぞ。」

『今昔物語集』に出てくる同じ台詞の原文と現代語訳を、馬淵他・前掲書463頁から引くC= (-。- ) フゥー

    「我ハ然々ノ人ニハ非ズヤ。汝ハニケルカ。我レハ更ニ不忘ズ」

     「わしはそれ、こうこういう者ではないか。お前は忘れたのか。わしのほうでは
      けっして忘れてはいないぞ」

〈「忘る」のくり返しが効果的〉な『古本説話集』の台詞の方が明らかにいいと思いませんか(〃'∇'〃)
ちなみに、芥川のには、同台詞が省かれてて存在しない(-ω-、) また、もう一つの萌えポイントである
「書きわけ」についても、『今昔物語集』のは完璧ではないし、芥川に至っては全く配慮してない(+_+)

朝から街の図書館まで歩いて往復し、ブックオフにも寄らなかった節約みどりんを褒めてあげたい(;_;)