オーブンレンジが「毎日調理お疲れ様です」と喋ったので、家族からも言われたことないのにと調理中
泣いちゃいましたという書き込みに貰い泣き(´;ω;`)ウッ… シャープのオーブンレンジ「ヘルシオ」
らしいのだが、昨日の謎は「電子レンジ 喋る」で検索したら、とりあえず解決した(^_^;) にしても、
こうやって記事をアップしたらSo-netブログも「毎日更新お疲れ様(*'ε`*)チゥ♡」とか言えヾ(`◇´)ノ
Yahooブログに比べりゃ、So-netブログに対し不満はないよ(^^) nice!欲しさに「本」のゴミ記事にも
nice!を押しまくっている連中の存在ぐらいか(-"-) 殻刑の民ゆえ、スマホとかで閲覧すると出てくる
という邪魔な広告については解りませんm(__)m 某ブログは、nice!ボタンがなかなか表示されないし、
コメントも名前やURLを書き込まなければならないといった不具合が常時起きてて(これらのことは、
他の方もよくコメントで指摘している)、面倒に思うこともあるけど、訪問ブログを減らしてる今も
当該ブログは訪問している(^_^;) 広告が表示されるのが嫌なのは、ネット閲覧履歴から割り出された
自分の嗜好をつきつけられるからかも(@_@;) 中には隠しておきたいこともあるからヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ

【読んだ本】

百目鬼恭三郎『新古今和歌集一夕話』(新潮社,1982)所蔵本

昨夜のみどりん蔵書への転入生の歓迎会で、今日も寝不足(+_+) 昼寝してみたけど頭クラクラ(´ヘ`;)
寝起きはいい方だけど、昼寝の後はダメで、もしも北条氏や扇谷上杉家から暗殺されるとしたら入浴中
じゃなく昼寝後だな(-ω-、) 転入生の中に安良岡康作(全訳注)『方丈記』(講談社学術文庫,1980)
があったんだけど、鴨長明の歌で新古今和歌集の撰者5人全員が推したのがコレ(歌番号397)(⌒~⌒)

    ながむれば ちぢにもの思ふ 月にまた わが身一つの 嶺の松風

この歌の大意を、「月をながめてはだれもさまざまにもの思いをするのに、まして私は山奥に住んで
嶺の松風を聞いているのだから、一人だけよけいにもの思いをすることだ」とする本書は次の解説(^^)

    この歌が[百人一首にも入っている]大江千里の「月みれば 千々にものこそかなしけれ
    わが身ひとつの秋にはあらねど」(『古今集』)を本歌としていることはいうまでもない。
    「わが身一つの嶺の松風」は、自分がひとり山奥にいることを示していると同時に、
    本歌が「自分ひとりの秋ではない」といっているのに対して、「嶺の松風を聞いているのは
    自分だけなのだから、ここには自分ひとりの秋がある」と、異をたてているわけである。
    ・・・理[ことわり]を先とすることを主張している長明らしい、理の勝った歌である。

名著とされてる住居論『方丈記』の論述も「理を先とする」「理の勝った」ものなのかしらね(@_@;)

『釣りキチ三平』のタキタロウ(山形県O池)やイトウ(釧路)の巻を買い(戻し)に行こうか(´・_・`)