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240921読んだ本【バカチン】

過去記事(240819読んだ本【バカチン本能寺2冊】)に「追記」するやり方も考えたけど(@_@;)

【読んだ本(バカチン)】

深沢眞二&深沢了子編『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 秋冬編』(三弥井古典文庫,2016)所蔵本

    ・・・/『猿蓑』については、門人の支考が「是を俳諧の古今集ともいふべし」といって
    いますが、[撰者の一人の]去来自身も「猿蓑は新風の始[はじめ]」だと断言していま
    すし、・・・『奥の細道』旅行後の芭蕉の新風の総結集だと言えましょう。・・・/その
    『猿蓑』の巻頭に据えられたのが、・・・/初しぐれ猿も小簑[ママ]をほしげなり/の
    句です。/この句の発想が、『奥の細道』の旅をおえ、伊勢から上野へ帰る山中で得られ
    たらしい・・・。/句の意味は、久しぶりに伊賀の故郷へ帰ろうと、伊勢から山越えの道
    を歩いているとき、はらはらと初しぐれ[ママ]が降ってきた。折しも風雅なことよと思
    い、時雨だからすぐ止むだろうと、木かげに雨宿りをしていると、近くの木に猿がいて時
    雨の降るのを見ている。人間もだが、猿も、猿なりに小さい蓑を着て、このおもしろい初
    時雨の中を歩いてみたそうな様子であることよ、とでもいうのでしょう。/「初しぐれ」
    は初冬の季節です。/其角は『猿蓑』の序文の中で「我が翁行脚のころ、伊賀越しける山
    中にて、猿に小蓑を着せて誹諧[はいかい]の神[しん]を入れたまひければ、たちまち
    断腸のおもひを叫びけむ、あたに懼[おそ]るべき幻術なり」とこの句を絶讃しています。
    ・・・/この句は当時の蕉門の人々をあっと言わせた評判の新しい句でした。/「初しぐ
    れ」は、日本の文学伝統の中で長い間かかって磨かれ、洗練されてきた素材で、昔から「
    初しぐれ」を詠んだ和歌・連歌がいっぱいあります。芭蕉も、長い旅をおえ故郷に入ろう
    として、初しぐれ[ママ]に降られたことを、風雅な、興のあることと感じているのであ
    りまして、生憎な、いやな雨が降ってきた、と迷惑しているのではありません。/しかし、
    「初しぐれ」を、日本文学の伝統のままに、さびしい、わびしい雨として詠むのでは、俳
    諧としての新しさがありません。そこで、猿までも人間と同じように時雨に興じ顏である
    とし、猿なりの小さい蓑でも着て、しぐれ[ママ]の中を歩いてみたそうな様子であるよ、
    とあえて読者の意表をついたところに、この句の新しさがあり、当時評判になった理由が
    あります。/猿がしょんぼりとしていて寒そうだ、かわいそうだから蓑でも貸してやりた
    いと、猿に同情しているのではありません。俳諧としての「初しぐれ」の新しい詠み方を
    見せ、これからの俳諧の行き方を示しております。伝統的なものを継承しながら、しかも
    俳諧らしい新しい詩境を切り開いています。/猿に小蓑を着せるといったところには、俳
    諧の本質である飄逸滑稽な要素さえあります。観念的でない、風流ぶらない、和歌的伝統
    から抜け出した新しい俳諧を志す人々の指標になった句であります。/・・・ただ今日か
    ら見て古今を絶する名句かどうかは、別問題であることを申し添えておきましょう。/・
    ・・

「初時雨」を「さびしい、わびしい雨として詠む」以外の「和歌的伝統」もあるのではないかと思う
点はさておいて、この井本農一『芭蕉入門』(講談社学術文庫,1977)の解説にはナルホドと(^_^;)
中山義秀『芭蕉庵桃靑』(中公文庫,1975)からもやはり引いておこう〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

    ・・・元禄二年の九月下旬、陽暦十月末のしぐれ降りだす頃、・・・/伊勢の山田から
    松阪をへて久居の城下、久居から伊賀街道を西北にむかい、安濃の田野をすぎて山路に
    入り、登りつめたところが海抜千尺余の長野峠である。街道の右方は陰森とした檜山で、
    左方は杉森に蔽われた谷間、ま向かいに断崖がそばだち、群をはなれた一匹の小猿が、
    崖の辺にうずくまっている。/人馴れしているとみえて、芭蕉達の姿におそれて、遁げ
    さる気色はない。灰色の空から音もなく降りそそぐ小雨に、冷たくぬれそぼち顫[ふる
    ?]いながら、山あいの道をゆく二人を、じっと見まもっている。/その孤猿のいじら
    しい様子が、芭蕉の共感をよんで、「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」の句となった。句
    そのものはさして卓[すぐ?]れているとも思われないのに、蕉門の俳人達に珍重され、
    代表撰集の題名にまでなったのは、一体なぜであろう。蕉門筆頭の宝井其角も、「俳諧
    [ママ]の神をいれた、おそるべき幻術なり」と、さきにあげた序文で激賞している。
    /猿は詩歌の上でこれまで、「鳴くこと三声にして、涙は裳をうるほす」といった故事
    からして、悲しい叫びをあげる哀愁の動物とされていた。芭蕉はそうした常套の通念に
    たいして、「野ざらし」の旅の初めに、猿よりも秋風に哭く棄児の声はどうだ、と意気
    ごんだりしたこともある。/しかし、深山幽谷にすむ野猿の悲痛な叫びは、凄涼をきわ
    めて聴く人の腸を断つかもしれないが、人里にちかい山家の猿は、人に飼われて猿まわ
    しの猿となり、能狂言や芝居などにも仕組まれて、ひろく世間の人々から愛され親しま
    れている。/芭蕉の発句にも、猿と人とを差別しない、同様な温さがかんじられる。郷
    土の自然を愛するようになった芭蕉は、動物にも親愛の情を抱くようになったのであろ
    う。それがおのずと、詩歌にみられなかった、俳諧の新味となってあらわれ、庶民に歓
    迎される。俳諧精神の真髄をつたえるものとなった。・・・

こちらは『野ざらし紀行』での「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」から更に踏み出して、漢詩文(≠
和歌)の「伝統から抜け出した」と(^_^;) 「猿と人とを差別しない」のは180度転換のような(^_^;)

さて、さて、さ~て!本書は本文&コラム「挑戦する『猿蓑』」(深沢眞二執筆)で次の指摘(^_^;)

    ・・・/この句を、初時雨に濡れた猿も雨よけの小蓑を欲しそうだ、と解しては
    芭蕉の時雨愛好と矛盾することになる。この句ではまず、芭蕉自身が旅の途中で
    初時雨に遭ったことを「これはまた宗祇と同じ旅の心を味わえる」と心から喜び、
    人真似をする猿なら「私と一緒に旅を味わおうとするだろう」と、はずむ気持ち
    を猿にも投影したのである。/


    ・・・/だが、『猿蓑』の時雨句をざっとながめていて気付くことは、時雨に
    降られながら旅をする情趣という、芭蕉が宗祇から受け継いだテーマを、ほか
    の作者は詠んでいないことである。どうも、それは芭蕉の専売特許だと周囲は
    認めて、遠慮していたフシがある。芭蕉と同じように旅に生きなければ時雨の
    旅の句は詠み難いと、皆思っていたのかもしれない。/・・・

宗祇は「時雨に降られながら旅」などしてなかった事実は前に指摘した通りで(240818読んだ本)、
もし深沢眞二の上記の理解が正しければ、宗祇の書いた紀行や宗祇の高弟が宗祇のことも書いた紀行
を芭蕉は読んでなかったことになり、芭蕉の宗祇への敬慕・私淑というのも怪しくなってくるのだが
(240819読んだ本【バカチン本能寺2冊】)、「雨に降られながら旅をする」宗祇というイメージを
芭蕉が誤信するにつき相当な理由もあると考えられ、ソレについては時間があれば書くつもり(^_^;)
コメント(2) 

コメント 2

tai-yama

雨降ると、道路に動物は出てこなくなりますよ。ただし、鹿は
例外・・・・。夜中、山中で聞く猿の鳴き声は怖いっ。
by tai-yama (2024-09-22 19:35) 

middrinn

鹿を除いて動物は雨宿りすると(^_^;)
鹿は蓑なんかいらないよ~んと(^_^;)
by middrinn (2024-09-23 05:15) 

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