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210803読んだ本【バカチンだらけ?】

読書の厄介なところは、気付かぬ自分にバカチンを打たねばならないことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)

【読んだ本】

海音寺潮五郎『海音寺潮五郎全集 第十四巻 短篇一』(朝日新聞社,1970)所蔵本
海音寺潮五郎『海音寺潮五郎短篇総集(四)』(講談社文庫,1978)所蔵本
海音寺潮五郎『剣と笛 歴史小説傑作集』(文春文庫,2002)所蔵本

どれも短篇小説「極楽急行」を収録しているけど、この講談社文庫巻末の「解説」で磯貝勝太郎は、
次のように記している(なお、文春文庫巻末の磯貝勝太郎「解説」もほぼ同一の内容)(@_@;)

    /「極楽急行」(昭和29・1「別冊文芸春秋」)は、仏の教えなどよせつけなかった
    悪大夫が、いったん発心するや、阿弥陀仏の声を聞くために、ひたすら西を指して
    急ぐという一途な自己放下の姿を、感動的に描いた好短篇である。/・・・/
    「極楽急行」の種本は、「宝物集」である。「宝物集」には多くの仏教説話が
    集められており、鎌倉初期の浄土教思想の事情を知ることのできる興味深い史料だ。
    そのなかの短い説話の一つに、源大夫の往生説話がある。・・・「極楽急行」の
    第一章は、作者が創作したもので、以下の章は、「宝物集」の説話の筋と大体に
    おいて同じである。作者は「宝物集」の一説話に拠り、上質な短篇としての創作化
    に成功している。・・・

磯貝勝太郎は「文献資料に詳しい」と谷沢永一『紙つぶて(全)』(文春文庫,1986)から高評され、
『歴史小説の種本』(日本古書通信社,1976)という著作もあり(小生未見)、実際、海音寺潮五郎の
作品解説は読む度に教わる点がメチャクチャ多い(⌒~⌒) 海音寺潮五郎について詳し過ぎるあまり、
『司馬遼太郎の幻想ロマン』(集英社新書,2012)で、ちょっとした〈勘違い〉をしちゃってたけど
(⇒ https://yomunjanakatsuta-orz.blog.ss-blog.jp/2015-05-14 )、ずっと信頼してた評論家(^^)

だが、ともに源大夫往生説話を原話とするも「極楽急行」より格段に優れている苑子タンの短篇小説
「白い蓮[はちす]」(杉本苑子『今昔物語ふぁんたじあ』[講談社文庫,1978]所収)を読んだ時
(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2017-10-31 )に、気付くべきだった(-ω-、)

更に、百目鬼恭三郎『奇談の時代』(朝日文庫,1981)を再読して、『今昔物語集』の源大夫往生説話
も紹介されているのを見た時(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2017-11-20 )、
やはり気付くべきで、自分にもバカチン打たにゃ(-ω-、)ヾ(-_-;)今日一回目のワクチン打ったし!

ところで、この西へ西へとただひたすら歩き続ける王朝時代のフォレスト・ガンプとも言うべき男、
チト細かいことなんだけど、「極楽急行」は「源大夫」、小泉弘&山田昭全&小島孝之&木下資一
(校注)『新日本古典文学大系40 宝物集 閑居友 比良山古人霊託』(岩波書店,1993)所収の小泉弘&
山田昭全(校注)『宝物集』343頁は「源太夫」、馬淵和夫&国東文麿&稲垣泰一(校注・訳)『新編
日本古典文学全集36 今昔物語集②』(小学館,2000)500~508頁の「讃岐国多度郡五位聞法即出語
第十四」は「源大夫」、苑子タンの「白い蓮」は「源太夫」と表記されてて、ややっこしいね(^_^;)

さて、「極楽急行」、前掲『宝物集』343~345頁の源太夫往生説話、前掲『今昔物語集』のソレを、
読み比べると、磯貝勝太郎は〈「極楽急行」の第一章は、作者が創作したもの〉と断じているけど、
「極楽急行」の第一章は『今昔物語集』に拠ったものであって海音寺潮五郎の「創作」ではないし、
構成を一部変えられてるが、「極楽急行」は『今昔物語集』の「説話の筋と大体において同じ」で、
〈「極楽急行」の種本は、「宝物集」で〉はなく『今昔物語集』だぞヾ(`◇´)ノ彡☆コノ! バカチンガァ!!

『今昔物語集』の源大夫往生説話のストーリーは苑子タンの「白い蓮」ともども昨日要約・紹介した
通りだが(ただ、結末までネタバレm(__)m)、この「極楽急行」の第一章の内容は、ある夏の夜(←
要注目!)、王朝時代の讃岐の山寺に、僧形の大男が、食うものをくれい、干飯はないか?と訪ねて
来たので、寺の住持が差し出すとひったくるように受け取って食べ始め(←伏線回収(^o^)丿)、礼を
述べると干飯の残りを包み直して懐に入れ、西の方を向き、「阿弥陀仏よやア、おうい、おうい」と
大声を出したので、びっくりする住持に、西方におられる阿弥陀仏を訪ねて行くところで、会えたら
お礼に汝[われ]もひき合わせてやろう、汝もお弟子の一人じゃ、会いたかろうでな、七日経ったら
行く道々に柴折[しおり]して行くから、あとを慕って来るがよいなどと大入道が言い出したので、
気が狂ってるのだなと気付いた住持が今夜は泊るよう勧めると、大入道は怒り、それでも阿弥陀様の
お弟子か!お師匠様にお目にかかろうとしている相弟子を妨げる気か!とつかみかからんばかりで、
詫びる住持に「さらば、ゆるしてつかわす」と言って、「阿弥陀仏よや、おうい、おうい」と叫んで
西の方角へと歩き出したその後ろ姿を見送りながら、住持は「気の毒に……」・・・というもので、
『今昔物語集』で得度・出家した源大夫が西方へと歩き出した後に寄った山中の寺での件と全く同じ
(会話は得度・出家時の講師[=「白い蓮」では「堂守り法師」]との遣り取りを応用したもので、
小説家らしく源大夫のキャラを立たせている)(^_^;) この件を冒頭に持ってきたため、「極楽急行」
では、第二章以降は、七日経ち大入道のことが気になる住持のところに、源大夫を探している郎等
3人が立ち寄り、得度・出家した経緯を住持に物語ってから4人で後を追う展開とし、結末は同じ(^^)
季節の設定がポイントであることを昨日指摘したが、『今昔物語集』は季節が未設定なのに対して、
前掲『宝物集』は「十月[かみなづき]ばかりの事なるに、・・・」(同書344頁)となってる(^_^;)
なお、前掲『宝物集』では後を追って源太夫の往生を見届けるのは「かの導師の聖人」(同書345頁)
となっており、ソレに付された脚注5(同書345頁)には次のような指摘(原文ママ)がある(@_@;)

    文脈からみると、前出の講師[=「白い蓮」では「堂守り法師」]をさすが、
    今昔、発心集、百因縁集では、源太夫が途中たち寄ったある山寺の僧とする。
    宝物集ではこの山寺に立ち寄る記述が省略されているので、混乱が生じた。

得度・出家させてしまった講師が責任を感じ心配になって追いかけてきたという方が自然かと(^_^;)

さて、さて、さ~て! 〈戦後傑作短篇55選〉と銘打った新潮社編『歴史小説の世紀 天の巻』(新潮
文庫,2000)は、どういうわけか、この「極楽急行」を選んでいるのだ∑( ̄ロ ̄|||)ニャンですと!?

「歴史小説」というより「時代小説」だし、海音寺潮五郎の短篇歴史小説ならもっと相応しい作品が
あると思うし、そもそも『今昔物語集』の説話を構成を変えただけで「傑作」とは思えない(-ω-、)
同書巻末の秋山駿&勝又浩&曾根博義&縄田一男による座談会「歴史小説から日本人を考える」では
「極楽急行」は次のように評されている(同書788~789頁)( ̄◇ ̄;)

    縄田 ・・・/海音寺潮五郎の『極楽急行』はむしろ異色の作品で、ユーモア小説
       という感じですね。こういう小説を書くと、海音寺の不器用さが出るんです
       けれども、逆にそれがほほえましい感じになってる。出来としては、もう少し
       丁寧に書いたほうがいいかなという気はするんですけれども、愛すべきところ
       は出てるんじゃないかという気がします。

    曾根 無理なく読めますよ。海音寺潮五郎という人はちゃんと史実を調べて、学者
       みたいにやる人だと思っていたけれど、これにはぜんぜんそういうところが
       ない。おやおやと思ったけど、面白く読みました。

    秋山 [同書を]順に読んで来ると、ここのところで少し変わるんですよ。今までの人
       はみんな純文学から出てきたんだけど、ここでちょっと何か変わる。

    曾根 ただ今回たまたまでしょうが、極楽浄土を求めて旅する話が幾つもあって、
       これはなかなか面白かった。

    勝又 そうそう。それで、そんな話を古井由吉はいろいろなことくっつけて書いて
       いるわけで、世代の違いが見えて面白かった。これは粗削りなままだけど、
       そうでないと主人公が極楽浄土に行かれないわけだから、これでいいと思った。

『今昔物語集』という種本があることを知らずに「極楽急行」を評価してるっぽいねC= (-。- ) フゥー
「ユーモア小説」とは笑止で、『今昔物語集』の説話に拠って書かれてるからじゃん( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

なお、海に臨んだ断崖で「阿弥陀仏よや、おうい、おうい」と呼ばわると、夕陽の空のかなたから
「おうい、ここにいるぞよう……」と返事がかえって来たというシーンが「極楽急行」にあるけど
(『今昔物語集』の当該説話にもあるが『宝物集』の当該説話にはなく、やはり『今昔』が種本)、

    ・・・/夢を見た。ぼくはその時まで紀州というところに行ったことがないのに、
    夢に出て来たのは紀州の海べということになっていた。松原の中ですずしい風に
    吹かれて寝そべって、うとうととまどろんでいる夢だ。夢の中でまたまどろんで
    いるというわけだ。その耳もとで、何者であるかわからないが、大きな声で、
      「海音寺潮五郎、海音寺潮五郎……」
    と、二声、三声呼ぶ声を聞いて、二重の夢が破れた。
    「ああ、これでいいや。これならわかるまい」
    と、すぐ[デビュー小説の原稿に]署名して、郵便局から送った。/・・・    

という海音寺潮五郎『日、西山に傾く』(東京美術,1972)所収の「夢想の筆名」の一節を連想(^_^;)
コメント(6) 
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コメント 6

tai-yama

今の時代なら、今昔物語のパク〇・・・
「極楽浄土を求めて旅する話が幾つもあって」も種本が他にも
あったとなると、某首相みたいに気づかないふりをしているのかも。
by tai-yama (2021-08-03 22:29) 

ナベちはる

気付かないこと…仕方がないかと思います((+_+))
by ナベちはる (2021-08-04 01:08) 

middrinn

パクリなのに、気付かずに、気付かないふりでも、
tai-yama様、「傑作」とするのは如何かと(^_^;)
by middrinn (2021-08-04 05:24) 

middrinn

『宝物集』よりも『今昔物語集』の方が、
ナベちはる様、成立も早いんです(^_^;)
by middrinn (2021-08-04 05:27) 

アニマルボイス

座談会の引用部分のみ読むと、そこらへんのおっさんたちの「井戸端会議」ですねー。読むうえでの参考にもならんし、おもしろいエピソードが語られているわけでもない。秋山駿なんてこれで藝術院会員で年金つき。気楽でいいなあ・・・。
by アニマルボイス (2021-08-04 09:56) 

middrinn

秋山駿は年金が貰えるようになったから、この為体なのかも(^_^;)
「ちゃんと史実を調べて、学者みたいにやる人」(曾根)程度しか、
海音寺潮五郎(作品)を知らぬ読み手には参考になりませんね(+_+)
尾崎秀樹や磯貝勝太郎と比べると評論家も劣化しているような(+_+)
by middrinn (2021-08-04 13:38) 

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