SSブログ

210510読んだ本

読書の厄介なところは、好い年をした大人は童話を購入しにくいことである〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)
ヘンリー・デンカー(矢沢聖子訳)『判事スペンサー 異議あり』(文春文庫,1990)では、主人公の
老判事が家で待っている曾孫のためにおもちゃを買って帰ろうとして、

    /若い女店員がおもちゃを差し出すたびに、判事はこう答えた。「それではちょっと
    不足だね」「もっと値の張るものでなくては」「きょうの気分にふさわしくないな。
    きょうは特別の日なんだ」/同じような問答を何度か繰り返したあと、老判事は
    若い娘にわけを説明した。「きょうは生涯最良の日でね。実は、家内に双子が生まれる
    ことがわかったんだよ」/「おめでとうございます」女店員はかろうじて祝いを述べると、
    こわいものから逃げるようにして通路を引きかえし、入口のそばのカウンターの奥に
    隠れた。/・・・

これだけでも笑えるのに、直後に老判事が発したジョークに大爆笑させられた〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)

【読んだ本】

森銑三(小出昌洋編)『新編 おらんだ正月』(岩波文庫,2003年)所蔵本

十篇ずつ読んできた本書だが、五十一以下を今日読んで、読了(^o^)丿 おかしな記述もあったけど、
まんぞくまんぞく(⌒~⌒)ヾ( ̄o ̄;)池波正太郎か? 「少年諸君を対象」に書かれた偉人伝だが、
外山滋比古が本書巻末の「解説」で「史料にもとづく人物論はとかく無味になりやすいが、この本に
登場する人たちは生々としてぬくもりがある。」「伝記がそのまま童話に昇華している感じである。」
「この本が童話的作品であるのは、前述のとおりであるが、童話は、ときにこどもにとってばかりで
なく大人にとってもおもしろいことがある。」等と評している通りかな(^^) 外山は森銑三からの直話
として「本を書くときの準備のコツのようなもの」も紹介しているが、渡部昇一『知的生活の方法』
(講談社現代新書,1976)で詳論されていたのと同じっぽいな〇 o 。.~~━u( ゚̄  ̄=)プハァ

    新編の編集について

    Ⅰ 新元会──おらんだ正月初聞

     新元会──おらんだ正月初聞

    Ⅱ おらんだ正月

     序

     一   牛に乗って外へ出た仙人のような医者永田徳本

     二   大貿易家で大土木家を兼ねた角倉了以

     三   一派の鍼術を興した検校杉山和一

     四   奥羽に水路を開き畿内に河を治めた河村瑞賢

     五   博物学者としてもすぐれていた貝原益軒

     六   関流算法の祖と仰がれる関孝和

     七   わが国に本草学を開いた稲生若水

     八   対馬全島の猪を狩尽した陶山訥庵

     九   湯熊灸庵とあだ名せられた大医後藤艮山

     十   荒川・多摩川・酒匂川を治めた田中丘隅

     十一  師匠の墓の前で花の詩を読上げた松岡恕庵

     十二  武士を捨てて町医者となった戸田旭山

     十三  日本全国に甘藷を拡めた青木昆陽

     十四  乞食の病気まで診てやった御医師望月三英

     十五  わが国で始めて人体を解剖した山脇東洋

     十六  万病一毒の説を唱えた古医方家吉益東洞

     十七  農家から出た地理学の大家長久保赤水

     十八  二十三年間に二十三回稿本を書改めた三浦梅園

     十九  わが国洋学界の一大恩人前野蘭化

     二十  蘭化を助けて解体新書を翻訳した杉田玄白

     二十一 石の長者といわれた石の蒐集家木内石亭

     二十二 戦術まで研究した地理学者古川古松軒

     二十三 わが国電気学の祖平賀源内

     二十四 世界的の大植物学者小野蘭山

     二十五 独学で西洋暦学を修めた麻田剛立

     二十六 同心の子から暦学者となった高橋東岡

     二十七 質屋の主人で暦学者だった間長涯

     二十八 始めて日本の実測地図を作った伊能忠敬

     二十九 わが国砲術界の革新者阪本天山

     三十  大坂の生んだ博物学者木村蒹葭堂

     三十一 医術の修業に全国を漫遊した橘南谿

     三十二 ロシア人までその名を知っていた桂川甫周

     三十三 一生に九回蝦夷地へ渡った最上徳内

     三十四 オランダ流の内科を興した宇田川槐園と同榛斎

     三十五 蘭学を拡めた大功労者大槻磐水

     三十六 始めてオランダ語の辞書を作った稲村三伯

     三十七 寒中水泳まで試みた兵学者平山行蔵

     三十八 独力で星雲説を唱えた物理学者中野柳圃

     三十九 命がけで眼科医術のために尽した土生玄碩

     四十  北海の探検家で書誌学者だった近藤重蔵

     四十一 四十余歳でオランダ語を修めた帆足万里

     四十二 太陽の黒点を観測した鉄砲鍛冶国友一貫斎

     四十三 樺太から東満洲までも探検した間宮林蔵

     四十四 満洲語まで研究した高橋景保

     四十五 通詞から幕府に召出された語学の天才馬場穀里

     四十六 辛苦の末に西洋医の大家となった坪井信道

     四十七 西洋の植物学や化学を伝えた宇田川榕庵

     四十八 西洋兵学をわが国に取入れた鈴木春山

     四十九 シーボルトの高弟として知られた岡研介

     五十  洋学者中で最も悲惨な最期を遂げた高野長英

     五十一 洋学者・科学者としての佐久間象山

     五十二 農家から出て幕府の奥医師となった伊東玄朴

     参考文献一覧

     後記

    Ⅲ 番外二篇

     一 わが国マッチ業の父と仰がるる清水誠

     二 古今独歩の碁の名人本因坊道策

    解説(外山滋比古)

囲碁のルールが分からず、百田尚樹の作品で唯一興味がある『幻庵』(文春文庫,2020)上中下巻にも
手を出せないのだが、本因坊道策の名前は知ってる(^_^;)

    ・・・/道策がどんなに強かったか、実際の力は図り知れなかったのでありました。
    しかし道策はそんなに強い碁打であっても、決して自分の力を鼻にかけたりしません
    でした。ある人が道策に向って、「先生がこれまでなすった碁で、十分の勝利を
    お占めになったのは、いずれのときでしたか」と尋ねました。道策は答えていいました。
    「一番うれしかったのは、安井算知と囲んで、一目負けた時でした。あのような勝負は
    二度とありません」/安井というは、本因坊と並んで幕府の碁所であった碁の家元
    でしたが、この意外な返事に、尋ねた人はおどろきました。/「では負け碁なのですか?」
    /道策は更にいいました。/「さればです。勝ち負けということは、勿論競技の眼目では
    ありますが、どんなことをしても勝ちさえすればよいというものではありますまい。
    勝負も勝負、相手によるのです。安井算知は、古人にも恥じない名人で、あの折下す石の
    一つ一つが妙手でないのはありませんでした。それを私も考えに考え、思いを尽し、
    ついに一手の遅れを取らずに、一目負けることが出来たのは、私の大手柄でありました。
    これが私の一生涯での一番得意の碁です」と。負け碁を以て生涯の誇りとした
    道策の言葉には、とうとい教訓が含まれていると思います。/

完全には理解できないけど、芸術家みたい( ̄◇ ̄;) 結果より過程とはいえ、オリ優勝を祈願(^o^)丿

なお、wikiの「本因坊道策」の項の「後世の評価」で桑原道節の発言となっているものが、本篇では
道策の弟の井上因碩の発言になっているのがチト気になる(@_@;)

・一~十

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-09

・十一~二十

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-16

・二十一~三十

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-04-25

・三十一~四十

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-05-03

・四十一~五十

 ⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.ss-blog.jp/2021-05-06

[追記210510]

中山典之『囲碁の世界』(岩波新書,1986)に、「道策の直接の弟子で、その死後に名人碁所となった
井上因碩(道節)」の話としてwikiと同旨の内容が出てたから、どうやらwikiの方が正しそう(^_^;)
タグ:歴史 列伝
コメント(8) 
共通テーマ:

コメント 8

tai-yama

オリックスも1点差で負け続ければ日ハムに抜かれたとしても
芸術なのでファン的にはOKだったり(笑)。
by tai-yama (2021-05-10 22:52) 

ナベちはる

同じく、囲碁のルールは分からないですが「本因坊」という名前は分かります。
試合にもその名前が使われるぐらいなので相当強いのだろうというのは分かるのですが…(^^;
by ナベちはる (2021-05-11 01:01) 

middrinn

個人タイトルは総なめなのにチームは、
tai-yama様、優勝を逃すとか(^_^;)
by middrinn (2021-05-11 04:27) 

middrinn

たとえ囲碁のことを知らなくても、「本因坊」は、
ナベちはる様、聞いたことありますよね(^_^;)
by middrinn (2021-05-11 04:28) 

Cazz

囲碁についてはヒカルの碁の知識しかありません^^
by Cazz (2021-05-11 10:34) 

middrinn

『ヒカルの碁』を読めば、囲碁のルールとか
簡単に習得することが出来ますかね(^_^;)
by middrinn (2021-05-11 13:50) 

yokomi

「どんなことをしても勝ちさえすればよいというものではありますまい」とは、奇襲など(当時は)常識外の戦法で名を上げた方々にお聞かせしたいです(^_^;) ほんと芸術家ですね(^_^)v
by yokomi (2021-05-12 10:11) 

middrinn

戦争は生死がかかってますから、生きる
ためには、奇襲もやむなしかと(^_^;)
本因坊道策は強いだけでなく、人格面も
素晴しく、当時誰もが崇めたとか(^^)
by middrinn (2021-05-12 16:58) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。